妖怪16 口裂け女沸騰する
あーだこーだするうちに日は傾いて沈んでいく。イコール進む先はわかったことになるのだが、
「今日はここまでにしましょう」
少年はそういった。
「なんで? 夕日に向かって進むんじゃないの?」
「ええ、進む方向はわかりました。ですが、今から進めば途中で夜になります。現代日本ならともかく、明かりのないこの世界では満足に歩くことはできません」
月明りがあったとしても昼間とは比べるまでもないだろう。少年はともかくとしてそれ以外は満足に歩くこともできない。だからこそ、移動をやめて次に備える必要があった。
「そっか。でも」
口裂け女はマスク越しに薄く笑う。
「世界が変わっても、夕日はきれいなものね」
道の先に立つ彼女、その姿は細くも色を刻み、長く伸ばした黒髪が黄金色の草木の背景に映える。そして、後方から差す昼間と夜の境界線が示す輝きは、首をかしげて振り向く様と合わせて、それは一枚の絵画のような風景だった。・・・マスクが無ければ。
「きれいです」
「え?」
少年の言葉に口裂け女は戸惑う。
「今、この瞬間を俺は生涯忘れません。こんなにきれいな情景を俺の脳は忘れることを許さないでしょう」
「正気?」
思わず漏れた本音だった。
なんなんでしょうこのバカップル。
ブラウンと名付けられた少女は思う。
出会ったばかりで助けられたばかりだが、少なくとも感謝の気持ちが遠のくくらい存在をシカトされているのだ。要所で声をかけられるが、それ以外は存在が無いことにされているような始末である。
もっとも、体を要求されるよりはましかもしれないが、ここまでの存在無視は予想外である。
何だかんだのあれこれがあったけど、それでも、私は、可愛いと言われる方なんだけど。
そう思っていても少年の視線は白い布を口元に当てた女にまっしぐらだ。
そもそも、あの白い布は何だろうと思う。顔を隠したいならもっと別のものが適任だ。
とはいえ、現実に彼女が身に着けているのは目元まで隠せない中途半端な仮面。
そもそも、彼と彼女の言葉にはよくわからないものが多い。異世界とは何なのか? 違う世界に行けるなら、ブラウン(暫定)だって行きたいものだ。
とはいえ。彼女はこの世界で生まれてこの世界で生きるしかない。奴隷という存在にされてしまった今は何の望みも抱けないかもしれないが。
「あ、あの、この後はどうするのですか?」
彼女の言葉に少年の視線が向く。
目を合わせただけで背筋が凍るような気持ちになる。
なぜなら、彼の視線は彼女に合わせながら彼女を見ていなかった。正確に言うなら物を見る目だ。少なくとも口裂け女のような親愛を含んだ視線じゃない。路傍に転がる石を見る目だ。それが少女には恐ろしく見えた。なぜなら、どこまでも究極的に興味が無いからだ。そんな視線は人間ならあり得ない。どんな人間であっても欲はあるからだ。同性愛者ならともかくとして人間の男が異性に対して何らかの視線を向けるはずである。でも、彼にはそれが無い。でも、白い仮面もどきの女には好意を向けるということは同性愛者ではない。
つまり、
「夜番を立てて休みます」
そういってブラウンの耳元に顔を寄せて、
「想像するのは構いませんが、余計なことは考えないように」
まるで自分の思考を読まれたかのような言葉に彼女は固まった。そして、
「まるで自分の思考が読まれたようですか?」
「っ!」
「こんなの初歩の詐欺術ですよ。まあ、あなたは一応まともな人間のようですね」
そういって離れる少年。
そして、少女は濡れた。とある意味で。ダダ漏れにはならなかった。
口裂け女は思う。
どう寝ろと?
「カレンさん寝ないと持たないですよ?」
「それならクロ君は?」
口裂け女は怪異だ。そもそも寝る習慣が無い。とはいえ、今は実体を得ているので多少の睡眠は必要かもしれないが、今はまだ限界値はわからない。なら、睡眠をとるべきなのは少年とブラウンであり口裂け女ではない。
「俺は夜番をしながら寝ます」
矛盾にもほどがあった。
そんな疑問に訝しげな視線を感じたのだろう。少年は笑いながら補足する。
「俺は睡眠が浅いんです。寝ながら起きてる。起きながら寝てると言えばいいんでしょうか。とりあえず油断はしないので安心しててください」
街道から距離を取って草木を押し倒してサークルのような広場の中で彼は言う。
「ブラウンを含めて二人とも寝てください。俺はこういう状況に慣れているので」
クンクンと鼻を鳴らして、
「今現在周囲には何もいません。眠ってもらって大丈夫ですよ」
人間の嗅覚は犬に劣るものなのだが彼がそういうならそうだろうと漠然と思う。
「でも、眠り辛くって」
そもそも草木を折り倒したと言ってもそれは地面だ。睡眠をとるには適したものではないだろう。
なら、せめてここに寝てください。
膝枕・・・ではなく、少年は着ていた上着を脱いで草の上に敷く。
「そんな、だめよ!」
「だめじゃないです」
少年は口裂け女の手を取って一緒に倒れる。
そして、流れる視界と少年の黒い瞳。続く草木の青い匂いと、耳元に触れる布の感触、布越しに香る少年の・・・
「あかん!」
口裂け女も関西弁になった。
「だめよ! クロ君も休まないと!」
羞恥が現実を理解できなくした。
「カレンさん、良い匂いがしますね」
「pi-------------------------!!!!」
口裂け女の口からポットのような音がした。つまり、沸騰である。
つまりcuncunマックスだ。
「ほら、早く寝ないと」
「寝られるかぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
当然の結末であった。
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