妖怪1 初対面ですが結婚してください
思い付きの話です。なるべく続けたいと思います。
某都市の時間は深夜。
肌に流れる風は生暖かいを通り越して、湿りつくような気候。
月明りは薄く街灯も点いては消えて人少ない街路を更に気味悪くしていた。
そんな人寂しい道路を一人の男が歩いている。
歩いている当人ですら気味が悪い。
そう思いながらも自宅のアパートまでの道のりはこの一本だけだ。だからこそ、気味悪さに耐えながらも歩くことを止められない。
風が吹き、樹々の葉が音を鳴らし、なおさら不安な気持ちが高まってしまう。
そんな時、葉なり散らす隙間に、明確な声が聞こえた。
「・・・あたしキレイ?」
「っ!」
それはどこかで聞いた都市伝説。メジャーすぎてなぜか忘れてしまっていた。しかし、鼓膜を叩いた声にそれは即座に明確化した。脳内のイメージは形を結び、その形を作っていく。
なぜ? どうして?
男は即座に起こしたパニックを落ち着けることはできず、思わず振り返ってしまった。
生ぬるいはずの空気がなぜか冷たく感じられて、動く頬を湿気以外の水分で濡らす。
そして、足音すらなかったのに背後にそれはいた。
男はそれを見てしまった。
薄暗い闇の中、彼の網膜が映すのは赤い姿。
赤いワンピースをまとった長い黒髪の女性。
身長は170あるかないかの女性にしては長身。
口元には白いマスク。
そして、右手に握った傘がその先端をアスファルトに突いていた。
「っ!」
それこそ都市伝説だ。聞いたことはあっても見たことはない。そして、本来なら見ることすらありえないはずだった。その見た時の対処方法は諸説があったはずだが、パニックを起こしている男にはそれすらも脳裏に浮かばない。
だからこそ、
「・・・あたし、キレイ?」
思いの外軽やかな声だ。そんな場違いな感想を男は抱く。しかし、背筋を這い上がる怖気は変わらないし、震える足は動いてくれない。それどころか呼吸すら困難になり荒く息を吐く。その間にも、
カリカリ
地面に触れた傘の先端がアスファルトと擦れて音を鳴らす。
つまり、それは動いていた。ゆっくりと、しかし、確実に距離を詰めに来ていた。
気味悪いというよりも、明らかな恐怖の形が動いていた。そして、それは回避できない。
脊髄の奥まで寒気を感じながら、それでも動くことはできなかった。
そして、それは三度目の、
「・・・あたしキレイ?」
それは目の前に迫っていた。
カリカリと音を続けたまま眼前に迫っていた。
顔は俯いている。時折思い出したように点灯する街灯が黒髪を照らして顔を浮かび上がらせる。
「あれ?」
男は思う。
「・・・きれいだ」
「え?」
怪異としか思えなかったそれが驚いたように顔を上げる。
目元は多少鋭いかもしれない。しかし、見開いた赤い瞳は宝石のようで、通る鼻梁は西洋人を思わせるように高く細い。口元はマスクで覆われていたがそれがあろうとなかろうと美しい。男はそう思った。
先程まで感じていた恐怖心が薄らぐのを感じながら男は言う。確かめるようにしてもう一度言う。
「きれいです」
「え? あの、その・・・」
それは急に雰囲気を無くしてワタワタと慌て始める。引きずっていた傘も胸元に引き寄せる始末だ。
「そ、そんなこと言われたら、困る・・・」
現代の怪異は思ったよりも初心のようだった。
「そ、それに、ずっと見てはいたけど、いきなり告白されても・・・」
現代の怪異は思ったよりもストーカー気質のようだった。そして、男は別に告白していなかった。
現代の怪異は随分と思いこみが激しいようだった。
「あの・・・」
「待って!」
赤いワンピースの怪異が男の言葉を遮る。
「あたしは怪談なの!」
今更感は大分あるがそうらしい。
「私は口裂け女なの!」
そして自白した己の正体を。
怪談やホラーは正体不明だからこそ人の恐怖心を誘うのだが、男の前にいる存在は自分の正体をぶちまけた。もはや恐怖の対象外である。
とはいえ、人外の存在が真実であるなら、男にとって恐怖の存在になってもおかしくはない。
しかし、
「俺は構いません!」
何が?
思わずそう思ってしまいそうな断言。
「な、なにが?」
「あなたみたいなきれいな人を初めて見ました!」
「いや、私、マスクしているんだけど・・・」
もはや怪異がタジタジです。むしろ後退しています。
「口なんてなくても人は生きられますよ!」
意味が分からない。それは、怪異も同じようである。
「言っている意味が分からないわ?!」
せめて見えなくてもと言ってほしかった。とはいえ、すでにお互いがパニくっていた。
怪異は本来人に恐怖を与える存在だ。
場合によっては人に死を届ける存在だ。
しかし、この時だけは違った。
「好きです! 一目惚れしました!」
口裂け女は思う。
『どうしよう?』
元々怪異なのに人間の男に懸想していた。彼の言うように自分も一目惚れだった。
しかし、日中は存在を感知してもらえないし、自身の存在が希薄だからこそ、彼の生活を眺めているだけだった。部屋の中に入ったこともある。しかし、彼は自分を知覚してくれないし、空気と変わらない存在だった。
だから、今日は勇気を出して、自分の存在係数が上がる状況までもっていった。そういった結果が今日であり、それを逃せばまたしばらく眺めるだけの日々が続くはずだった。
しかも、彼にはまったくもって霊感が無いのだ。ならば、眺める日々が続いただけ口裂け女の精神は摩耗する。だから、恐怖を抱かれるかもしれないと思っても、彼女は今日の選択を止めることができなかった。
そして、同時に、それ以上の困難が待ち構えているとは思ってもいなかった。
「つ、付き合う?」
まて、落ち着けとも思う。
そもそも、彼女は人間ではない。肉体すらもない。干渉することもできるがよほど同調しなければそれも不可能だ。怪談には怪談のルールがあるのだ。そして補足ではあるが、男は好きですと、一目惚れしたとは言ったが付き合ってくれとは一言も言っていない。
「そうです。付き合ってください!」
そして、言いやがった。
「あなたは口裂け女さんですか?」
「そ、そうね」
「怪談の通りですね!」
所説によっては身長が二メートルを超えるらしいが。
「モデルみたいにきれいな方なんですね!」
「赤のワンピースなんて流行らないわよ・・・」
「俺は良いと思いますよ!」
「そ、そう?」
「和傘もおしゃれだと思いますよ!」
「あ、これ、柄を引き抜くと直剣の仕込み杖なのよ」
「格好いいですね!」
銃刀法違反です。
とはいえ、男は気にしないようだった。
だからこそ、彼は遠のいた一歩を踏み出して、口裂け女の手を握る。
「結婚しましょう!」
「ふぁっ?!」
その瞬間、彼らの周囲は光に包まれて、そして、消えた。




