その2
テスト連盟盟主にテスト公開やねん
土と岩しか無かった荒野とは景色が変わり、段々と背の高い木々が目立つようになってきた小道。
生死の境を見るほどの騒ぎから人の足で半日歩き通してようやく、といった場所にて。
「タケルぅ、ちぃっと目立ち過ぎたかもな」
布の上下に胸、肩、背中、肘、膝といった部分的な革鎧に革のブーツ、全体的に薄茶色か焦げ茶色を身に纏った巨人は、少し先を歩く細身の男に声をかける。
「悪かったよ。言い訳になっちまうが暴れ過ぎだ、あれは」
振り返りもせず、ではあるが自戒の念が伺い知れる。
皮製のジャケットにインディゴ染料で染めた肉厚な生地のロングパンツ、脚首を固定しないローカットブーツはまるで馬飼いのような出で立ちだ。
「タルフ、ドラゴンの話信じるよ」
「いや、流石にあれは嘘だ。それくらいでかいトカゲを仕留めた事があるってだけだわ」
「……。」
「……。」
「………。」
しばし沈黙。
「怒ったか?」
大男ーー雄牛にとってそこは許される範囲の方便だったようだが、タケルが黙ってしまったので反応を気にする。
「いや、ひでぇな」
器量を見せたかったのか、苦い笑顔とほんの少し愛想を含んだ返事が返って来た。
「だが、きっちりお前はお前の仕事をした。信じとったが、さすがだ」
「買いかぶりだ。」
背負った長物ーー光線を放つ狙撃銃(と仮名する)に触れる。
「たまたま俺がこいつを使えるだけだ。」
謙虚なようで、自虐に聞こえる言葉にタルフは少し顔を歪めた。
「なあ、兄弟」
少し機嫌が悪くなったようにも。
「お前は十分よくやってる。俺はお前がいてくれて助かっとるんだ。世間一般で言う超人なんてものと自分を比べるな。そんな事に何の意味がある?」
「比べてなんかねぇさ。俺のことは俺自身がよぉく知ってる。超人なんてものの足下にも及ばないくらいは。__追いついた。」
友の忠告を遮り、タケルは辿り着いた視界の前方に広がる泉ーーの、対岸にある鉄製のオブジェような物体を指差す。
「そうじゃない__ん?おう……」
まだ何か言いたげだったタルフも親友の指差す先を確認して、続けようとした言葉をそこで切りあげる。
ピーターは慎重に歩みを進めていた。追跡を悟られないように、追いかけている事がばれて追い返されてしまわないように。
前方を歩く彼等はピーターに全く気付いていないのか、それとも知っていて気にもならないのか、此処までただの一度も後ろを振り返らなかった。
鮮烈に、強烈に。雷のように現れ、あれだけの事をしながら何も言わず、余計な接触もせず、ただ去る。
お伽話を目撃したような夢見心地のまま、何か問うことも、救援の謝辞を述べることも、あの場に30名いた誰にもさせず、粛々と立ち去る姿が
まるで二度と再び交わろうとしない奇跡との邂逅にさえ思えた。
だからこそだった。
――知りたい。彼等が何者で、何処へ行くのか。
巨大な鉄塊。そう表現する者も居るだろう。
貴族の持つ豪華な馬車は平民が仕事で使う馬車より大きな轍を作る。馬も二頭引きが主流だ。
それよりも更に一回り大きな鉄の箱。とでも言うべきか。
それは馬車の形ではないが、人を乗せるものだと理解させる形をしていた。
それは座面がある、屋根がある、それには人が座っている。
――彼等の仲間……近親者だろうか。
森――と呼んでいいほどの樹々の茂みに囲まれた、透明でよく底が見える泉。
もしこの泉で泳いだなら金では換算できない贅沢かも知れない。
ピーターの潜んでいる場所からその原生の泉を挟んで対面に、あまりにも景色に調和しない鉄塊。
少女と青年、そして1人の老人が鉄塊の中で座っている。
青年は貴族だろうか、とても身なりが良く品があり、年齢はピーターと同じ19か20歳といったところだろうが、眼にずしりと重く強い力があるように感じた。
風格、とでも言うのか。
老人は――真っ白な眉毛は長く、さらに目蓋はたれ下がり、皺も深く、完全に目を覆い隠してしまっている。
弓手のピーターの目で確認できな距離ではない、ただ老人の刻んだ年輪が阻むのだ。
だがそれよりも興味を引くのは――
「やっぱり、黒い」
黒髪の少女だ。エールズでは先ず、ここまでの黒髪は見る事は無い。
しかも黒にも関わらず、日が落ちてきているにも関わらず、光沢がある。
肌の色こそ先程の異民族の男と違い、白いのだが、それでも表現し難い異文化的な魅力があるように感じる。
目が離せない。これほど美しいと思える異国人を見た事がないから。
「やい、てめぇ」
その声は突如、背中から降ってきた。
「!?」
どきりと心臓が跳ね、反射的に振り返った。
「ずっとついて来やがるな。何の用だこら。」
そこには黒髪の男が立っていた。追跡していたはずが、泉の向こう、男達の目的地に目を奪われた僅かの間に、背後に周りこまれていたのだ。
「違っ……わ、私は……!」
言い掛けたその途中で、更に背後から巨大な人間の手で頭を鷲掴みにされた。
「お前、さっきの兵隊だろう。独断で隊を抜け出したら戻って極刑、斥候で俺たちに近付いたってんなら、今この場で頭を握り潰そうかぁ?」
後頭部を掴まれているのに相手の親指と小指は顎をロックし、中指の先が眉間にあるという経験をした人間が過去どれ程いただろうか。
球技の球でも握るように、大きな手に捕らえられ、全く身動きが取れない。
「あー、武器をぬく時ってよ、身体を捻ったり、肩やら腕やらを動かして自然に頭も動いてるんだよな。」
黒髪の男タケルはあまり乗り気でない態度で続ける。
「普段は足を支点に身体って動かすだろ?でも頭を固定されてる時は首から下、主に下半身を捻って武器を構えるもんなんだぞ?青年。」
「それが出来たのはおめえだけだったがな!兄弟!」
哀れなピーターは全身を硬直させて頭を掴む背後の大男タルフの声だけを聴くしかなかった。
圧倒的な力。圧倒的暴力の化身。
天才だと持て囃された自分が凡人であり、背後の男が如何に人間を超越しているかを知る。
「あのっ……わ……私はっ……!」
何を言えば良いかも分からず、ただ先程の魔獣討伐の時よりも遥かに今、死にたくないと本能が語らせた。
「ピーター……と、申し……ます。」
最低最悪のただの自己紹介を。しかし
「おう、俺はスズキさんだ。」
「誰だそりゃ。」
間髪を容れず応えたタケルにタルフが即座に返す。
「へっ!?あのっ……タケル殿……と」
「タケル“殿”ねえ。やっぱり会話盗み聞きしてやがったか。」
しどろもどろなピーターには興味なさげに後頭部を掻いて喋っていたが、急に手際良くピーターの腰の長剣、肩から襷にかけた矢筒を取り上げて自身の後方に捨てる。
「それはっ……そのっ……決して盗み聞きをしようとっ……」
「聴こえるように喋ってたんだよ。ばーか」
「へ?」
間の抜けた声に自分でも惨めな気持ちになる。
「もう良い。離してやれよ、兄弟」
タケルが言った途端、掴まれていた頭が自由になり、解放感と安堵が同時にやってくる。
「やい、話せ。おめえの素性と目的全部だ。」
背後からかかる巨漢タルフの声に脅えながら、こくりと首を縦に振るしかなかった。
それから半刻もしないうちに、ピーターは身の上とこうなった経緯を説明したのだった。
「ピーターが居なくなっただと?」
エールズ王国、ウィガン領。
エールズ南方三領と謳われる広大な土地の一角、有力貴族ダグラス・ウィガン伯が治める豊かな地。
昼であれば常に人と物が行き交い喧騒が聴こえる人口4万を誇る中心都市ベルン。その美しい夜の灯火を一望出来る静かな山あいの古城で、魔獣討伐隊が帰還報告をしていた。
「は。魔獣討伐後、撤収中に忽然と行方をくらまし、捜索するも隊の被害甚大ゆえ、途中で打ち切り帰還いたしました」
三十人長がこうべを垂れて報告する。
「フム、死亡は確認出来ていないのだな」
灯りを最小限にしていて薄暗く全体を見渡す事は叶わないが、本来ならば100人収容可能な大広間の最奥--まるで王が玉座に鎮座するかのように絢爛豪華な執務椅子に身体を預ける初老の人物。ウィガン伯爵である。
「確認できておりません」
「そうか。残念だ。見事魔獣討伐を果たした暁には、彼奴の失態も帳消しにできたものを」
「……。」
30人長は伯爵の言葉に耳を疑った。ピーターの失態の罰として自分達まで死地に向かわされた事、そして大きさこそミノタウロスだったが、その姿は明らかにベヒモスだった。
全く強さの次元が違う。ベヒモスは城門すら破壊する個体だ。それをたった30人で討伐できると。白々しいにも程がある。
しかし、異議などを口にすれば自身がどうなるかもまた、理解していた。
故に、ただ黙って床を見つめるばかり。
「まあよい。捜索隊は明日、再編成して出発させる。その方達は下がって休め。此度の討伐任務の褒美は後日追って通達する」
投げやりに言い放つダグラスに強い憤りを感じながら短く返事をして広間を後にする。
「やれやれ、困ったものだ……」
白髪の混じった金髪の長い顎髭を宝石だらけの指で撫でながら、深々と溜め息を吐くダグラス。
冠こそないものの、金の刺繍の入った外套は並みの王族、継承権が二桁ほどの低位のものより王のようだ。
「……アーロンよ、聞いたな。」
薄暗い玉座の背後、更に暗い場所から人影が近付いた。
「はい、父上」
薄明かりに照らされ現れたのは歳の頃なら30半ばの貴族、ダグラスの三男にして現在の一人息子、野心家のアーロンだった。
「明日、捜索隊を率いて彼奴を捜せ。生死は問わんがなるべく生け捕りにせよ。脱走者は極刑に処す」
アーロンの方を振り返りもせず、つまらなそうに言い放つ。
「は。しかし父上、私はあのピーターよりも先の報告にあった二人組が気になります」
豪華な服装に似合わぬ武人の顔立ちと猛禽類のようなギラギラ鋭い眼を光らせながら、口の端をにやりと歪める。
「ふん、ベヒモス相手に人助けをする様な酔狂な馬鹿者など捨て置け。わざわざ関わり合う事もあるまい」
まるで興味のない父の態度に、しかしアーロンは譲らずに続ける。
「しかし彼奴と行動を共にしている可能性も有ります。謎の発光による攻撃と超人らしき戦士……百人隊を編成しても?」
「……ふん、発光は魔法の類であろう。我々のまだ知らぬ技があるのは当然の事。しかし所詮、魔法使いなど凡人の技だ。誰でも使えるのだからな……」
そこでふっ、と思案にふける。
「しかし超人が相手となれば侮るな。編成は二百人だ。お前は前に出てはいかん。よいな?」
「は。」
短く答えて悠然と広間を立ち去る。
「……本当はお前も死んでくれれば良いのだがな……。だが死んでもらっては困るのだ。もはやお前以外に私に息子は居らんのだから……」
伯爵の他に誰も居なくなった広間に、呪いの様な言葉が静かに洩れた。
まだ途中やねん