第53話 衝撃の光景
翌朝、教室に入った時の来客は予想通りの人だった。 けど、その発言は意外なものだった。
「なぁ」
「勉強したいの。 邪魔しないで」
「お……おう。 あ、あの昨日悪かった。 そんだけ」
「えっ? 」
まさかのセリフに驚いてしまった。 顔を上げると、中山くんが本当に申し訳なさそうにしていて、昨日とはずいぶんと違う印象だった。
「いや、昨日、春山が怒ってる感じだったから。 自慢じゃないけど、俺も割と女の子に言い寄られたりはするんだわ。 でも、プライベートの時間というか、静かにしたい時を邪魔されたら怒るかなって。 まして向こうは有名人だし」
「そっか。 わかってくれてるんだったら良かった。 私的な付き合いだから、紹介してくれ、とかはやめてね」
「わかってる。 勉強の邪魔して悪かったな」
「ううん、大丈夫。 警戒してただけだから」
それを聞いた中山くんは、ハハッと笑いながら自分の席へと戻っていった。 戻った先では中山くんがまた会話の中心になって、なにやら話している。
「なに、タケって春山さんと絡みあったの? 」
「あー、いや、昨日駅ですれ違っただけ」
「なんだ。 春山みたいな地味なのがタイプなのかと思ったわ」
「お前な。 嫌いじゃないけど」
――聞こえてるわよ。 地味で悪かったわね。
はっはっは、と大声で笑っているのを聞きつつ、昨日の勉強ノートへと目を移した。 案外、悪い性格じゃなかったのね。
そうこうしているうちにやってきた学年末テストは、かなりの手ごたえだった。 苦手な理系も大地に少し教えてもらってたりして、壁を乗り越えた感じがしていた。
数学や理科が底上げされ、もともと得意だった文系は順当に点数を稼げた。 その成果は、数字となって現れた。
15位。 うん、上出来。 十分胸を張っていいレベルだと思う。 大地はというと50位にいて、あれだけ部活に時間を取られてるのに成績が落ちていないのはさすがだった。
「美咲、すげーな」
「ありがと。 今回は頑張っちゃった」
「いやいや参った。 今回の罰ゲームはなんだ? 」
「まだ、決めてないの。 また今度でいい? 」
決めてるんだけどね。 でもいまは部活も忙しそうだし、演奏会が終わってからかな。
「もちろん。 首を洗って待っているぞ」
「なんで罪人の心持ちなのよ」
「いや、なんせ前回がメンタルを随分と鍛えられるお題だったからな」
「ふふっ、それなら次はもっと鍛えないとね」
ナツにボディタッチだよ、と言われたものの、ベタベタ触るのもなんだかね。 あたしにできることといえば……。
ほっぺをツンツンしてみた。 大地はなんだか慌てたような素振りを見せていて、ちょっと面白いと思ってしまった。
水族館のチケット売り場で大地の学生証を見たとき、誕生日がひな祭りであることを知った。 つまり、こんどの日曜日。 あたしが誕生日を知っていることを、大地はおそらく知らない。 だから、ちょっとしたものでいいから、サプライズで用意するんだ。
そう思って、こないだ楽器屋さんに行った時に全長3センチくらいのチャームを見つけた。 もちろんバスクラリネット。 これなら数百円だし、気を遣わせることもないかな。
あとは、何がいいだろう。 普段使ってもらえるものだとすると、ストラップとかかな。 大地のスマホのケースは穴空いてたような気がするし。
駅ビルにある雑貨屋さんでストラップの売り場を見ていた。 やっぱり男の子だし、革でできたのがいいかな。 ちょっとシックな感じになるから、大地の落ち着いた印象にぴったり。 そう思って探しては見たものの、なかなか大地に似合いそうなストラップは見つからない。
そんな時に目に入ったのが、手芸屋さんだった。
そうか、無いなら作ればいいのか。 でもいきなり手作りでプレゼントなんて、大地はどう思うだろう。 バレンタインのときは喜んでくれてたけど……。
ええい、うじうじ悩んでも仕方がない。 スマホで『革 ストラップ 手作り』と検索すると、出てくる出てくる。 その中で目に留まったのは、二色の革コードを編み込んだものだった。
これだ。 やっとしっくりくるイメージが湧いた。
繋いだ時の大地の大きな手を想像しながら、濃いブラウンと薄いブラウンの二色のコードを量り売りで切ってもらい、一緒に金具も買い込んだ。 料理はよくやるけど、こういうクラフトはあんまりやったことないな。 よし、家に帰ったら早速やってみよう。
そうして、寝る前の時間を三日ほど使って編み込みはできがった。 なかなかカッコよくできたし、きっと大地に似合う。
濃淡のブラウンは落ち着いて大人っぽい印象。 編み込んだ革のコードは、大地の手をちょうど囲うくらいの大きさで輪を描いて金具で留めてある。 革の結び目の近くにある金具に丸カンをつけて、バスクラリネットのチャームを取り付ければできあがり。
どうかな、気に入ってもらえるかな。 『美咲が好きだー』ってなったりして。 そんなわけないか。
そして迎えた日曜日は、午前中からお昼過ぎまで都心で新商品の発表会。 CMに起用していただいたこともあってイメージキャラクターを務めることになっていた。
多少の寝不足はあったけど、大地へのプレゼントはなんとか間に合ったし、仕事が終わったらいよいよ渡すんだ。
発表会には主に記者の方や業界の人がスーツで来てるくらいで、いつものような雰囲気ではなかった。 普段ならファンの人が前に陣取っていて、撮影スタッフの人たちがその周りをせわしなく動き回っている。
「そういや、ハル、あのあと大丈夫だった? 」
「うん。 次の日学校で謝られたよ」
「あら意外な反応」
「だよね。 プライベートの邪魔して悪かったってさ」
「へぇ。 んじゃ特に出る幕ないかな」
「どゆこと? 」
「なんか拗れるとかバレそうとかだったら、取り繕うのに協力しようかと思ってたの」
「なるほどね。 とりあえずは大丈夫そうだから心配しなくていいよ」
「へい。 ほいじゃ、今日終わったらどこ行く? 」
「今日はダメよ。 まっすぐ帰る」
「え〜っ、なんでよ! 」
「なんでも」
つつがなく終わった発表会のあと自分の服に着替えて、原田さんへ今日は事務所に戻らないで帰ることを告げた。 ナツはまだ文句ブーブーだったけど、今日だけは勘弁してもらいたい。
結局ナツも帰ることしたらしく、原田さんが一緒に送ってくれることになった。 楽チン♪
ナツの家よりも手前にあるあたしの地元駅は北口と南口にそれぞれロータリーがある。 ただ、北口はバスやらタクシーが沢山だから南口で降ろしてもらう方が動きやすい。
そう思って、南口のロータリーへ向かうとロータリーは工事中で止めておくことはできなかった。 仕方がないのでロータリーを通過して少し離れる。
「そこのファミレスの脇でいいですか? 」
「はいはーい」
何台か並んだ路上駐車のうしろにつけるようにして車を止めてもらった。 車を降りようとスライドドアを開けようとした時、ファミレスの客席が、目に、入った。
――そこにいたのは大地と、知らない女の人だった。




