講和の仲介役
6月末 ギル王国 王都ソーンヘルム・・・。
「テル連邦とメル合衆国の高官が揃って何用か?」
ギル=シンボラー国王に面会を持ちかけたのは、ギル王国と同じ列強国の『テル=フィーアキャトル連邦』の外務副官ゼンスキーと『メル=セーイエクス合衆国』の外交次官リドゥーラであった。
「率直に申し上げます。軍艦を売って頂きたい!」
本来、列強での交流は民間でこそ盛んであるが、軍事での関係は殆ど無い。ましてや軍艦の売買など前例が無い。
他の列強国から支援を受ければ受けるほどその国からの支配を受けやすいことを意味していた。自国の列強としても面子もあることから他の列強国に支援を受けることなど普通ならあり得ないことであったが、なぜそのような事態になってしまったのか。
「我々はぺル帝国を滅ぼし、第3海洋界の新盟主となった国にヨル=ウノアージン聖皇国の要請のもと海軍を派遣しました。
しかし、ルリエナ洋の海戦において壊滅的な被害を受けました。逃げ込んだ先のゼル法国やキル共和国もその新列強に降伏し、帰ってきたのはボロボロの上記帆船のみ。」
「ギル王国は先の海戦に参戦していないことで余力がありましょう。
中古品でも結構ですので軍艦を売っていただきたい!」
海戦における壊滅的な被害とはヨル艦隊の弾除けに使われたことが容易に想像できた。
だが、共に戦ったであろうゼル法国やキル共和国が降伏とは一体どういう事なのか分からなかった。何しろルリエナ洋の海戦にはヨル聖皇国の艦隊が参戦したという。多少の苦戦はするであろうがヨル海軍の大戦艦をもってすればいとも簡単に捻り潰せれるのではないか。
それに中古品でも良いから軍艦が欲しいとは・・・。両国高官の表情から読み解くにヨル海軍の艦隊にも少なからず被害が出たようだ。だが被害が出ただけでここまで焦るか?
シンボラー国王は考えれば考えるほど納得のいく結論が遠のいていく感じがしてならなかった。
「残念ながら我が王国に貴国らに売れる軍艦は残っていない。」
とは言え、ギル王国は日本国との戦争に負けたことで国力を大きく衰退していた。
軍需工場や造船所の多くは分裂した旧属国に多くあった為、現状軍の装備充足率は小銃1丁当たり兵士5人と言う有様で、対日戦争でほぼ無傷の陸軍兵力を大きく削減しなければならなくなった。
また、工場を多く失ったことで国内の産業は壊滅状態になり失業率60%超と言う事態になり、敵国であった日本に食い下がるしか国家存続が困難であった。
「代わりといっては何だが、貴国らにはある国を紹介しよう。」
「「ある国とは?」」
「なに。タンタルス大陸に行けば分かる。」
シンボラーに軍艦の購入を拒否されたが、ギル王国お墨付きの国とは一体何なのか。ゼンスキーとリドゥーラは失意を好奇心に変え港に案内された。
8月半ば・・・。
ヨル=ウノアージン聖皇国東方最大の軍港『ルキュール』に駆逐艦ベラガが帰港した。
「はぁ~。長かった~。」
半年にも及ぶ長い航海の末、同国外務大臣のシガラーはようやく祖国の土を踏むことが出来た。
乗艦していたベラガは機関不調のためドック入りとなった。
「あっ!シガラー様、丁度良い所に!」
長旅の影響で疲労困憊のシガラーに外務省の役人が訪ねてきた。
「何だよ一体?」
疲れ顔を一切隠すことなく用件を聞く。
「ヘッケラー総統から、ギル王国に出向いて欲しいとのことです。」
「さっきそこから帰ってきたばっかだぞ!!」
疲れ切った表情を怒りに豹変させた。
無理も無い1ヶ月かけて第5海洋界に行き、半年かけて帰ってきたのだから。そして休む暇もなくまた第5海洋界に行けと言われたのだから。
「また行けって言うのか!?1ヶ月かけて!?帰ってくるのにまた半年かけろって言うのか!?」
「はい。その通りです。半年かけて帰ってくるのが苦痛といわれるのなら帰還用にもう1隻連れて行ってかまわないっと。」
激昂するシガラーに役人は冷淡に答えた。更に断れないようにヘッケラー総統の直筆の手紙と極秘と書かれた封筒が手渡され、更に更に駆逐艦も2隻連れて行っても良いと言う徹底振りであった。
「手紙と封筒は往路の艦内で開封しろとも言っておりました。」
「・・・分かったよ。行けばいいんだろ!行けば!!」
手紙と封筒を奪い取るように受け取り、その足で駆逐艦『ベゼル』に乗り込み、休む暇もなくルキュールを後にした。
その後を追うように帰還用の駆逐艦『ガルツ』も出港した。
7月 タンタルス大陸北方 イリオス王国 首都『ガンフー』・・・。
日本大使館に思いもよらぬ珍客が現れた。
「アポなしの訪問とは寒心致しませんな。」
柏木政権に替わって、そして他の海洋界の国との初の会談であった。
「それにつきましてはお詫び申し上げます。何分こちらも急いでおりましたゆえ。」
「して、第4・第6海洋界の盟主国たる貴国らが、我が国に何のようですか?」
これまでの日本では考えられないほど高圧的な態度。日本もボルドアス、そして先のギル王国との戦争でこの世界での生き方をを学んだ。たとえ日本に野心がなくとも、他国から一方的に理由付けされて戦争に巻き込まれ、多くの国民が苦しんだ。その様な事にならないようにするには、力を示しその国を支配するほどの権力を振りかざさなければならない。
融和政策を採る暇すら与えてくれなかっただけに、柏木内閣になってからの日本国は『帝国主義』に逆戻りしようとしているとも揶揄されるほどであった。
「「・・・。軍艦を売って下さいっ!!」」
ゼンスキーとリドゥーラは互いに顔を向け合った直後、机に額をつけ軍艦の商談に入った。仮にも列強国の代表とは思えぬ見っとも無い姿であった。
「それは出来ない。武器の輸出は国内の法律で禁止されている。」
決死の思いで頭を下げた二人の要求を和泉大使は一言で拒否した。
この世界における日本国の武器はオーバーテクノロジーにも程がある。
小銃一つとっても射程・発射速度・命中率・弾丸貫通力と、ギル王国などの工業国の主力銃である単発式ボルトアクション小銃と比べてありとあらゆる点で圧倒的である。
軍艦こと護衛艦の性能も比較にならない。言うまでも無いが、蒸気帆船に比べ高速・重武装・超航続距離である。武装の命中率は、数で補うギル王国と高性能レーダーで照準する日本国の比較。目も当たられない格差であった。
「そっそこをなんとか・・・。」
「出来んものは出来ん!」
和泉大使はこれ以上の交渉は無用と判断し二人にお引取りを言い渡した。
テル連邦とメル合衆国の交渉は失敗に終わった。
9月半ば 佐世保・・・。
「1ヶ月とは、こうも早いものなのか・・・。」
シガラーを乗せたヨル海軍の駆逐艦ベゼルが入港して来た。
そして、彼の目にはある闘志が宿っていた。
数週間前・・・。
「これは・・・。」
外務省の役人から手渡された書類には驚くべきことが綴られていた。
内容は、聖皇国はペル帝国を滅ぼしたある国と戦争中であり既にギル王国を除いた4つの列強国共々海軍は壊滅状態にある。また敵国による上陸も行われ、撃退したもののルリエナ洋の制海権は完全に消失している。
現在講和を前提とした休戦のため交渉団が第3海洋界に向かっている。講和を確実なものにする為ギル王国に仲介役を依頼しろ。と言うものであった。
「海軍が壊滅・・・。敵軍による上陸・・・。講和交渉・・・。」
ここまで聖皇国を追い詰めた国があったか。歴史で習ったことでは、聖皇国軍は決戦から局地的戦闘まで負けなし、まさしく世界最強であった。その認識は聖皇国民だけでなく全世界の共通認識である。
ペル帝国を滅ぼしたということは第3海洋界の国で間違いないだろう。だがそんな国が出てこようものなら、あの国の指導者、ワイズマンの性格からして問答無用で踏み潰すであろう。
生き残った所で列強国5カ国を相手に滅ぶどころか、逆に攻め込むなど有り得ない。
「あぁ・・・。」
読み進めるシガラーは突如謎の頭痛に襲われ、その日は眠りについた。
佐世保・・・。
書類にはギル王国と書かれていたが、シガラーはそれより強大な国力を持つ日本に仲介役を頼もうと佐世保にやって来た。
「日本国外務大臣の牧原です。」
「牧原?錦戸殿は?」
「失敬。錦戸さんは前政権の永原内閣の外務大臣で、私は新政権の柏木内閣の外務大臣です。」
日本から帰ってから再来日するまでの7ヶ月の間で政権交代が起こったようだ。だが政権がどうなろうとシガラーの要求は決して変わらない。
「講和交渉の仲介役ですか。」
シガラーが日本を頼ったのは、ヨル聖皇国と同じようにヒトラーによって作られた国であれば、きっと聖皇国の有利に交渉を進められると踏んだ為であった。
「良いでしょう。お引き受けいたします。我が国としても戦争終結の手助けが出来るというのであれば本望です。」
翌日にはシガラーは帰還用の駆逐艦ガルツに、牧原以下6名の外務省の役人は護衛艦『いせ』に座乗し、一路デスペルタル大陸を目指し西進する。
ルリエナ洋某所・・・。
ヨル聖皇国の交戦国である第3海洋界の新盟主の国の軍艦が、外務大臣を伴い第1海洋界デスペルタル大陸を目指し白い航跡を引いていた。
「到着は10月末の予定です。」
「軍事的には五分五分。この講和は何としてもこちら側有利で終わらせるのだ。」
11月中旬までに海自の護衛艦いせとヨル海軍の駆逐艦ガルツと東方世界の列強国の交渉団を乗せた船団が『ルキュール』に、ヨル聖皇国の敵国を含めた西方世界の列強国の交渉団を乗せた船団が『ルテレベーラ』に入港。ヨル聖皇国の首都『ベルマギーア』で講和会議が始まる。
日本国視点はこれによって完結しました。
次回より大日本帝国視点(立ち昇る太陽)と合流し話を進めていきます。




