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ミトスター・ユベリーン  作者: カズナダ
第5章 転移紀
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バーペルス講和条約

 3月・・・。

 油田爆破からおよそ1ヶ月。油田は仮復旧し、採掘区画から直接タンカーに搭載するパイプラインが設置された。タンタルス大陸やサンジェロワ基地への供給は二度手間ではあるが、油水分離と分留を本国で行った後にタンカーで輸送することになった。

 だが後でこの方がまだ安全で確実であることが分かった為、採掘と積み込みを現地で、油水分離と分留を本国で済ました後、タンタルスに輸送する方式が定着する。


 タンタルス大陸東部 ティルナノーグ・・・。

 この国最大の港町、『コールバルナ』。ここに一隻の蒸気帆船が入港した。ティルナノーグ海軍が海上自衛隊の要請で警備に就いていたが、その警備を強引に突破した。

 何故なら、この世界で『交戦の意思なし』を表す白と水色のツートンカラーの旗を船の舳先に掲げていた為撃つに撃てなかった。


 桟橋に係留された蒸気船から、エドワード朝のラウンジ・スーツにシルクハット。まるで近代の英国紳士を思わす風貌の男が降りてきた。


「私はギル=キピャーチペンデ王国軍需省副長官、バイラハル・ジグソー。

 ニホンに講和を求めたい。」


 正体は日本と戦争状態にある、列強国第5位 ギル=キピャーチペンデ王国の官僚であった。


 遠巻きに聞いていた海上自衛官達は、一様に「どうする?」と言った表情を向け合った。


 普通ならその国、この場合はティルナノーグの大使館で講和条約が締結されることになるが、ティルナノーグは元ボルドアス帝国の属国であったが、同国の崩壊と共に独立。

 その立役者となった日本には大いに感謝していたが、日本と貿易を続けるうちに日本の製品が一方的に流入し国内の産業に大きな打撃を受けた。それにより、ティルナノーグの通称『列強派』は日本の製品に300%以上の関税をかけた。こうした貿易摩擦で関係が悪化していた。

 海上自衛隊の要請で警戒任務に就いていたのは、それらと対立する数少ない『日本派』の貴族の軍であり、彼らは寄港する第1護衛隊群を拠り所にしていた。


 ティルナノーグでの講和は、同国の列強派の貴族に妨害されかねないとのことで、場所をバロダイレ共和国の大使館に指定し、ジグソーには車が用意された。


「山を越えろというのか?」


 バロダイレとティルナノーグの国境はソプラソット山脈となっている。一番低い標高でも4000mもある山を、それも車でどのように越えるのか・・・。ギル王国内では山越えの道はなく、海岸線を迂回する道しか整備されてなかった。


「いえ。既に横断トンネルを整備して有ります。今回はそれを使っていただきます。」


 だが日本が手をくわえたタンタルス大陸は見違えるほど成長していた。

 まだ建設中ではあったが海岸線は幹線道路と高速鉄道が、そして山脈打通トンネルを開通させており各国首都を高速道路で繋ぐ一大交通網が整備されようとしていた。


 ジグソーは常々思った。王国と日本の技術力の差、そしてそこから生み出される軍事力の圧倒的な差を。


「・・・。日本の技術力はこの星の手に余る。」


 そして直感的に思った。ヨル聖皇国であっても敵わない、と。


 講和に来て正解であった。

 このまま戦争を続けたとして、国家の全てを戦争に注いだとして、勝つ算段などあるのか。あるわけない。王国はおろか、聖皇国が作り出せる最高品質の代物が足元に及ばない程の物を、短期間にそれも大量に作り出せる日本に王国が敵うはずがない。


 こんな国と戦端を切り開いたのは一体誰だったのか・・・。


「私もその一人・・・か。」


 第5海洋界における王国の利権を守るため、不届き者の日本に鉄槌を下す。ジグソーはそんな開戦派の人間であったが、制海権を失ったことで講和派に転じた。講和には国王であるギル=シンボラーの後押しも得て、攻勢派の妨害もなくここまで来れた。

 日本がいかに好戦的な国であろうと、王国にこれ以上の損失を出すことなく成功に導く。これがジグソーが自らに課した責任の取り方であった。


 第1,5海洋界中間域『モルドパ洋』・・・。

 一面海と青空。

 一言で言い表せば・・・。何も無い。とにかく何も無い。そんな海のど真ん中に不釣合いな鉄の船が艦首を東に向けて白い航跡を引いていた。


「もっと速度を出せんのか!?」


 だが、その艦橋の中には怒号が響いていた。


「無茶言わないで下さい。」


「そもそも機関一杯は、物凄く負担がかかるんですよ。

 それを1ヶ月ぶっ通しで行っていたんですから、機関が不調になるもの無理ありません。」


 だが怒鳴っていた者は、船のことに関しては全くの素人で、船員の言っている意味の半分も分からなかった。


「最微速でも帰れ無い事は有りません。」


「とにかく急げーーー!!」


 最後の腹の底から出した一言は、艦橋の窓を付きぬけ数十km離れていたとしても聞こえて来るほど巨大なものであった。


 バロダイレ共和国 バーペルス・・・。

 旧ボルドアス帝国の帝都『ボルドロイゼン』から南西に約20km行った場所にあり、元々人口5千人程度の小さな町であったが、バロダイレが呈した『全民族平等』を体現させることを目的に遷都した。

 ボルドロイゼンのシンボルともいえるボルドアン城は継続してボルドアン一族の所有としてリーエンフィールが暮らしているが、ボルドアン家の威厳の急落と遷都の影響で治安が悪化。商人は逃亡し麻薬の密売が横行。衛兵と毎日のように小競り合いとなっている。

 そんな状況に耐えかねるリーエンフィールは殆どの時間をバーペルスの官邸や国外で過ごしている。


 そして、リーエンフィールの時間つぶしの場はこんな所にも・・・。


「今度は何処に行こうかな~?」


 リーエンフィールは日本大使館で日本の観光雑誌を、北海道から沖縄に至るまで片っ端から読みふけっていた。


「また巡礼と偽って観光ですか?」


 それも日本のバロダイレ駐在大使、宮城の目の前で。

 象徴としての自覚は全く無いことは誰の目に見ても明らかだ。


「私が何言ったって無駄なんでしょうぉ?

 それに、そもそも国政に介入するなって言ったのは日本じゃなぁい?」


 三権への不干渉は講和条約で日本が言い渡したこと。自分はそれを忠実に守っているだけ。そう言われればさすがの宮城でも何も言い返せない。


「はぁぁ・・・。」


 たまらず溜息をつく。

 そこに大使館職員が入ってきた。


「講和の準備が整いました。後は要人の到着を待つばかりです。」


 宮城はそうかとばかりに立ち上がる。


「講和?一体何処とのですか?」


 何も知らないリーエンフィールが呼び止めながら質問する。

 無理も無い。日本は今回の戦争は公にしておらず、タンタルス各国にも発表の自粛を求めていた。イリオス王国のトガフロー海岸に集結した『タンタルス諸国連合』も、タンタルス諸国の軍事演習に陸上自衛隊第12旅団が参加した程度にとどめていた。


 そして、宮城はこの事についてもう隠す必要がなくなったと判断し、開けてくれていた扉の前で立ち止まり、リーエンフィールの顔を見て答えた。


「ギル王国です。」


 いたって冷淡に答えた宮城とは対照的に、リーエンフィールはあけた口を塞ぐことは出来なかった。

 前述の通り、日本が情報統制を行っていたので知りたくても知りえない状況にあった。とは言え、まさかボルドアス帝国との戦争から半年も経っていないにも関わらず他国、それも第5海洋界の盟主・列強国『ギル=キピャーチペンデ王国』と戦争しており、尚且つ既に講和を申しいらせていた。


 リーエンフィールは日本の強さを改めて思い知った。


「まぁ・・・。なんですか、頑張って下さい。」


「えぇ。そのつもりです。」


 数時間後、ギル王国の高官、バイラハル・ジグソーが大使館に到着した。

 既に会談の場は整い、後は到着を待つだけだっただけに講和条約の開始は非常にスムーズであった。


 とは言え、日本はギル王国の本土の一部たいりとも占領しておらず、ギル王国もまた日本に対しても戦局をひっくり返すほどの力があるわけでもない。

 戦況は日本が優勢であるであろうが、拮抗状態と大差ない。


 宮城としては、わずかな優勢を理由に、サデウミス油田の実態を悟られないようにしつつ賠償金を差し出させようとするだろう。だが、最悪白紙講和でも構わなかった。


「戦端と開いたことで、今回の戦争に関する責任は貴国にある。」


「お言葉ですが、元はと言えば貴国がタンタルス大陸の王国利権を奪ったことが原因だ。」


 タンタルス大陸の王国利権。それはすなわち王国が独立保障をかけていたボルドアス帝国のことだ。かの国の戦費の多くをギル王国が高金利で資金を融資し、その利子でぼろ儲けをしていた。

 だがボルドアス帝国はバロダイレ共和国に吸収され、バロダイレ首相のデュリアンはギル王国への借金など知らぬ存ぜぬの態度を取った。日本という超国家が国の発展を支援し、なおかつ対等な関係で国交を結んでいるのだ。これ以上の好待遇はない。ゆえにギル王国から脅迫されても強気な態度をとれるということだ。


「そのようなことは存じ上げておりません。

 それに、ここに来られたからには貴国は決断しなければなりません。」


 ジグソーとしては、国王の身柄引き渡しを要求されないようにし、賠償金も覚悟したが極力少なくし、できることなら白紙講和としたかった。


「何の事ですか?」


「降伏か、継戦かです。」


 だが、宮城は強気だった。

 まるでシンガポールの戦いにおける山下奉文中将とアーサー・パーシバル少将のようだった。それは日本が逆に降伏をせめられてもおかしくない状況にあったからだ。軍事的には日本の優勢ではあったが、油田の破壊が日本経済に大きな打撃を与えていた。経済の大部分を日本に頼るタンタルス諸国にもその影響が出るのも時間の問題であった。


「無論私は降伏をお伝えに来ました。国王陛下もそれは承知しています。」


 ジグソーは鞄から一通の書類を取り出した。

 海洋界統一言語で書かれたその内容は宮城には一切分からなかった。ジグソーが言うにはこの書類はギル=シンボラー国王が直筆した降伏を容認する文章だという。


「この数字は?」


「王国が払える賠償金の上限です。」


 5000万マルソは日本円でおよそ1000万。国家が払う賠償金としては多少少ないかもしれないが、今の日本には贅沢は言ってられない。


「それだけ払って降伏するというのであれば、日本としては一向にかまいません。」


 日本とギル王国の戦争は2月に始まり3月に終わる。わずか1ヶ月。1000万円という微々たる賠償金を日本が獲得する形で幕を閉じた。

 

 講和の帰路についたジグソーは、車でティルナノーグへと向かった。

 バロダイレ東部の森『ハーヴェナ』に入って数分後・・・。


 ボゴッ


 突如車内に鈍い衝撃音が響いた。

 そしてジグソーは何とドアを開けた。


「ちょっと!何をやって-」


 運転手は戸惑いを隠せなかったが、開けたドアから一人の女性が飛び乗ってきた。


「気にするな。そのままティルナノーグへと迎え。」


 訳の分からないまま運転手は言われるがまま車をティルナノーグへと走らせた。


 コールバルナ・・・。

 ジグソーは帰路の途中で飛び乗ってきた女性を連れて、乗ってきた蒸気帆船に搭乗する。


 そして例の女性と共に船長室で二人きりとなった。


「・・・久しぶりだな。」


 ワインをグラスに注ぎ手渡した相手。それは・・・。


「ミランダ。」 


 6月・・・。

 列強ギル王国が新興国日本に敗れたことは第5海洋界全域に急速に広まり、日本に対し続々と国交交渉に来る国がタンタルスの日本大使館を訪れる。中にはギル王国を破るほどの軍事力を持つ大帝国と恐れ傀儡や植民地を望む国もあったがそれらに対しても日本はジュッシュ公国やバロダイレ共和国と同等の扱いをした。


 ギル王国は敗戦からと言うもの国家の運営が巧くいかず領土を大きく縮小。ユーラシア大陸ほど有ったフォーネラシア大陸の全域を支配していたが、今となっては30万km2とアフリカ大陸程度しかなくなり、経済もまた日本に頼りきりになったため、列強国として振舞っていた面影は影も形も無くなった。


 日本では本戦争時における油田の破壊に伴う経済の混乱の責任を取り永原内閣は総辞職。

 転移直後はどのような国があるか分からず、対外的に慎重な対応を取っていたが、旧ボルドアス帝国やギル王国のように、国力が日本に到底及ばなくてもその国の覇権主義の標的にされる可能性が高いことが証明された。

 また今回戦った両国の技術力が近代以前のものであったが、日本と同程度もしくは越えてくる国もあるかもしれない。


 よって新内閣には対外政策で強権的な柏木内閣が発足。新体制の下、新たなスタートを切った。

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