交渉1
転移紀元年 2月16日 長崎・・・。
佐世保港に海上保安庁の巡視船に挟まれて1隻の船が入港してきた。その船は甲板上に大砲を備えた軍艦であった。
そして、その軍艦を見つめる海上自衛官の中にはこう思うものも居た。
「レーベルヒュトマース級みたいだな。」
「レーベル・・・?」
「2次大戦時のドイツ海軍の駆逐艦さ。」
第2次世界大戦当時の独国の駆逐艦がタイムワープしたのか。偶然そうなったのかは分からない。ただ分かることは、相手に戦う意思が無い事。攻め込んできたなら駆逐艦1隻だけでは到底勝ち目は無いことに加え、巡視船の命令に従っているようにも見える。
ヨル=ウノアージン聖皇国海軍 駆逐艦『ベラガ』・・・。
1ヵ月半という途方も無い航海の末やっと辿り着いた陸地。のはずが、海以外で最初に見た物は純白の船体を持つ船2隻。そして今はその2隻の思い通りに動いている。だがここは他国に土地。従う以外に選択肢は無い。
「船首に付いているのは多連装の機関砲か。」
「それに、あの白い船体は海に映える。美しいぐらいに。」
「故に目立つということだがな。もしかすると戦闘艦でない?」
各々思うところではあるが、その中でも聖皇国外務大臣シガラーは船ではなく港に注目していた。
「寂れているな。」
ベラガは佐世保市の崎辺町に入港したが、思っていた以上に閑散としていた。
「タグボート接近。」
それもそうだ。この町には海上自衛隊、それも教育隊ぐらいしか目立った施設が無いからだ。
佐世保警備隊桟橋・・・。
「海保の連中め!こんな所に誘導しやがって!」
警備隊の仲島曹長は海上保安庁の対応に苛立ちつつも、その行動を理解していた。このまま湾内の奥に進めばアメリカ海軍の基地に係留することになりかねない。米軍が絡んでくれば事態の収集が付かない。それだけは何としても避けたかった。
「気をつけーーっ!!」
僅か十数人ほどであったが、入港してくる駆逐艦のタラップの前で凹凸の無い横一文字を形成し、賓客を出迎える。
「頭ーーーっ、中っ!!」
駆逐艦『ベラガ』・・・。
事前通知なしの来訪であったがため出迎えの数こそ少ないが、それでも一糸乱れぬ挙動に、シガラーは感動すら覚えた。
そして、捧げられた敬礼に会釈を返す。
「直れーーっ!!」
出迎えの者達は、再び一糸乱れぬ挙動で正面を向く。
そして一人の男、上下濃い青で統一され、服装では他の者と大差ないが、この隊の長と思われる人物がシガラーの前に立つ。
「日本国海上自衛隊、佐世保地方総監部佐世保警備隊、仲島実海曹長です。」
「出迎え感謝します。ヨル=ウノアージン聖皇国外務大臣ヨハンネス・シガラーです。」
聖皇国の名を聞き、さっきまで微動だにしなかった者達に僅かながら動揺が走った。そして、シガラーにも僅かながら疑問が生じた。『ヨル=ウノアージン聖皇国』。この列強首国の名を聞けば大抵の者は驚愕するが、この者達は違った。彼自身にも分からなかったが、とにかく違和感を感じた。
「(コイツ等は見た所軍人だ。滅多なことで動揺しない精神力は持ち合わせているだろうが・・・。何だこの違和感?)」
「・・・。立ちっ放しもなんでしょうし、本部まで案内しましょう。」
腕を組み隊員の顔をマジマジと見つめるシガラーに対し、仲島は静止させながら本部まで来るよう促す。
「・・・。では、お言葉に甘えてお願いしましょう。」
佐世保警備隊本部 応接間・・・。
案内できるのはシガラーと彼の部下1人のみとのことだったので、ベラガのことは海軍にまかせ、自分達は出来る限り多くの情報を聞き出し、交渉次第では聖皇国に有利な条件で国交を樹立させようと思っていた。
部下が革製のソファーに腰掛け書類の整理をする傍ら、シガラーは窓の外、桟橋に係留されている船舶を見つめていた。
「哨戒艇に、上陸用舟艇・・・。外海に打って出られるだけの力が有る・・・。」
シガラーの疑問は尽きない。答えを出そうと周りを見渡すが・・・。
「情報量が少ない。こんな場所に居るわけにはいかない。」
コンッコンッコンッ
居ても経っても居られないシガラーの耳にドアのノック音が届く。落ち着きの無い状態では相手に舐められかねないので、シガラーは意地でも平装を装い部下の隣に座る。
ドアを開けて入ってきたのは、桟橋で出迎えた仲島であったが、あの時の濃い青色の服装ではなくパシッとした黒の制服を着こなしていた。
「ただいま佐世保地方総監が参られました。」
その後入ってきた男は服装こそ仲島と大差ないが、左胸の帯の数や両肩の刺繍から、ヨル海軍における方面軍指令と予想した。
流石にこの者に座ったままで挨拶は出来ない。
「初めまして。ヨル=ウノアージン聖皇国外務大臣、シガラーと申します。」
「海上自衛隊佐世保地方総監、伊藤海将です。」
挨拶を終え、シガラーは伊藤に座るよう促される。伊藤の隣には仲島が座った。
「外務大臣自ら来日とは・・・、国交交渉ですか?」
シガラーはいきなり確信的な質問を投げかけられるが・・・。
「結論から言えばそうなります。ですが、方面軍指令の貴方では役不足ではありませんか?」
自身も厳しい質問を投げる。
「確かに私は一介の軍人に過ぎません。外交交渉に付いては全くの門外漢のど素人です。」
「なら話は早い。早速貴国の王・・・とまではいきませんが、せめて権威有る者と直接話し合いたい。取り計らっていただけませんか?」
「構いません。」
会談の日程はクインテッサホテル佐世保にて翌日から始まることになる。