ゼーレフォン沖海戦前哨戦
九十九里事件終結から二日、海上自衛隊のP-1、P-3C、US-2を四方に派遣し情報収集を行うと共に捕虜となったヴァルサル等からも聴収が行われた。
これまでの収穫は以下の通りである。
1、日本の周囲3000kmは全て海であるということ。
2、ヴァルサル等犯人の国籍はボルドアス帝国という国家のものであること。
3、ボルドアス帝国は日本から東に数千㎞離れた「タンタルス大陸」に内陸5国、海洋2国を支配している最大・最強の国であること。
4、ボルドアス帝国に大臣はいるが、女王の一声で税率・輸出量・宣戦布告などを決めれること。
5、先日の襲撃は日本をいう国が属する新大陸の利権独占とジュッシュ公国との戦況優位を確定させることが 理由であったこと。
そして、この中で最も興味深いのが「日本の東方約4000kmの海上で戦列艦が撃ち合っている。」というものであった。
監察の結果、艦旗は二つ確認された。片方は不明であったが、もう片方はボルドアス帝国の物と判明した。となれば不明旗はヴァルサル等の証言と照らし合わせれば、ジュッシュ公国の物と推定できた。
政府の決断は素早く海上自衛隊、第1護衛隊群を派遣してジュッシュ公国を支援することにした。憲法違反との声も少なからず挙がったが、どちらにしても日本単独では生きていくことはできない。政府にとって苦渋の決断であった。
日本の沖合約4000㎞、ジュッシュの沖合約500㎞・・・。
ボルドアス帝国艦隊旗艦、装甲戦列艦「ガウガメロン」の艦長室でデュリアン提督が側近と話している。
「ベルテクスめ、港の敵船の動きを全く止めておらんではないか。おかげで尻拭いるなめになったわ!」
元々のベルテクス提督の任務は、陽動としてゼーレフォンの南に展開しジュッシュ軍の目をそちらに向けさせるだけだったのだが・・・。
「この敵の数、ベルテクス艦隊は全滅とみなしてよろしいと思います。ですが我が艦隊は敵主力との海戦も想定しています。現に損害なしで敵艦隊の半数を撃破しています。」
作戦を気取られたのか、敵軍はベルテクス艦隊には目もくれず本隊であるデュリアン艦隊に攻撃を仕掛けてきた。
だが、それも想定の範囲内でまた武装で大きく勝るボルドアス軍側が圧倒的優勢であった。
「なら第2案の作戦を実行する。」
第1案は、敵の陸軍がベルテクス艦隊に対応する為南に展開している隙に、ゼーレフォンに北に少数を上陸させ、同都市を無血占領の後主力を上陸させる計画であったが、囮となるベルテクスの艦隊が全滅しているので・・・。
「はっ!進路をゼーレフォンに向けます!!」
第2案である『ゼーレフォンへの強行上陸』に切り替えざるを得なかった。
海戦場上空 P-1・・・。
艦旗を視認した後、高度3000を保ち航空偵察を実施し、戦況を逐一報告していた。
「50隻対10隻か。質・量ともにボルドアスが優勢だな。」
「護衛隊群が到着するまで最大船速で3日掛かります。」
「我々にはどうすることもできん。燃料も限界だ帰還する。」
海戦の翌日、ジュッシュ公国 最大の港町ゼーレフォン・・・。
いつもなら多くの貿易船と商人で賑わうこの町にも遂に凶悪なボルドアス帝国の魔の手が迫っていた。町には戒厳令が敷かれ兵士約二万が常時警戒するという物々しい雰囲気となっていた。
そして町の灯台に、腰まで届かんばかりに長い金髪を、吹き抜ける潮風に靡かせる女性が居た。
「クローディア様。」
ジュッシュ軍二万の中でも屈指の精鋭『クレー騎士団』五千人を率いるクローディアである。
彼女は、人間とエルフを両親に持つ『ハーフエルフ』であったが、外見はエルフ最大の特徴ともいえる長い尖がり耳を持っており、日本でモデル稼業でもしていれば一躍雑誌の表紙を飾るほどのルックスも持っていた。だが彼女は、過去に受けた悪質な仕打ちのせいでこの耳にコンプレックスを感じており、いつも長い髪の毛で隠していた。
「何?」
優しげな声であったが、ボルドアスに対する強い殺気が込められていることが背中越しに伝わり、報告に来た兵士を恐怖で震わせる。
「西方艦隊が全滅。敵軍は明日の正午ごろに到達する見込みです。」
「そう?ならさっさと体制を整えなさい。」
言葉にも表情にも感情が無い。智将としては最優秀であるが、極限状態の兵士からしてみれば恐怖以外の何物でもない。
「はっ!直ちに!」
兵士は逃げるように灯台を降りて行った。
「アッハッハッ。クローディア、相変わらずだな!」
「リオネンか?」
そこに入れ違いになるように、クレー騎士団と双璧を成す『ハーゼ騎士団』を率いるリオネンが高らかに笑いながら現れた。
彼女は純粋な人間であったが、クローディアの親友であり彼女の過去もある程度知っている。一時期クローディアがハーフエルフとは知らなかったことで関係に亀裂が入ったこともあったが、今となってはともに背中合わせで戦うまで回復している。
そしてリオネンはいつも明るい表情で兵士たちを鼓舞していた。クローディアがムチなら、リオネンはアメであり、結果的に兵士たちの士気の維持に繋がっていた。
「何か見えるの?」
「ものすごい数の船。30は軽く超えている。兵士の数も、4万はいる。」
水平線には何も見えない。だがクローディアにはおぼろげに見えていた。
実はボルドアス帝国はジュッシュ公国と五年以上に渡り戦争を繰り広げていたが、送り込んだ部隊のことごとくが壊滅し連敗を喫していた。その原因はクローディアの千里眼とも言うべき才能によるものであった。この能力と伏兵で時には千人で1万を破ったことさえあった。
しかし、これまでは全て陸からの侵攻であったため撃退も容易であったが、海からの侵攻は経験したことがなかったため迎撃の要領がよくわからなかったのだ。
「・・・?」
「どうした、クローディア?」
今まで見た事の無い重く険しい表情にリオネンは固唾を飲んで見守る。
「船・・・。とても大きい。」
クローディアの脳裏にはボルドアス帝国の戦列艦とは似ても似つかない奇妙な形状をし、それでも海の上に浮かんでいることで船と想像できた。
「戦列艦か?」
「よく分からない。けど、大砲を載せてる。」
その船は船首に大砲を一門だけ乗せていただけで、戦闘力と呼べるものがそれ以外に見つからない。
「てことは戦闘艦か。何処のだ?もしかしてボルドアス!?」
「・・・・・・!」
クローディアはかつてない程集中しようやく艦旗を見ることができた。
「あれは・・・。・・・太・・・陽?」
艦旗が見えた直後、視界が暗くなり、体が浮遊感を覚え、親友の声が頭の中にこだまする。
「クローディア!!おいっクローディア!しっかりしろ!!」
リオネンは目の前で倒れ掛かったクローディアを無意識の内に抱きかかえていた。
「身体が熱い!?すぐに冷やさないと!」
クローディアを背負い一気に階段を駆け降り診療所まで走る。
医師に経緯を説明し診てもらう。その日は解熱剤と氷でどうにかしてもらうことにしてもらった。