神宮寺VSミランダ
侵入者はなんと直接司令室に現れた。
神宮寺は現れた侵入者に見覚えが有った。それはまさに、ゼーベルムートで取り逃がしたあの女性であった。
「何処かであったかな?」
分かっているからこそ聞ける質問であった。
「確か・・・、ゼーベルムートだったと思うぞ。」
相手は少し考えた後に、神宮寺の顔を見て言った。
「まさか、貴様にこんな所で会うとはな。」
「名前を聞いてもいいかな?」
「聞いても仕方ないが・・・。」
カチャ
侵入者は両開きになっている扉に鍵を掛けた。
「ミランダ。誰が決めたか知らんが、皆私をそう呼ぶ。」
名乗り終えると、ミランダは懐からナイフを取り出した。
そのナイフには拭き取ったであろう血痕が付いていた。
「アンタも名乗ったらどうだい?」
「陸上自衛隊 特殊作戦群 S01だ。」
神宮寺は本名を言うわけにはいかず、自分のコードネームを教えたが、ミランダは怒るわけでもなく、ただ笑みを浮かべた。まるで対戦相手を侮辱するかのように、口の端を吊り上げた。
「フフ・・・。なにそれ?そんなので誤魔化せられると思ってたの?」
「本名を知っているのか?」
「知らない。知る必要もない。」
ミランダは今まで腹の内側に潜ませていた狂気と殺気を司令室一杯に解き放つ。
そして、ナイフの先端を神宮寺に向け、ただ一言。
「だって、アンタここで-」
だがその一言は、非常に重く神宮寺は身体や内臓を押しつぶされる感覚に包まれ、全身から汗が滲み出た。
「死ぬんだから。」
管理棟地下1階通路・・・。
特戦群第2中隊が各階に繋がる扉を閉鎖し警戒に就いていた。しかし、一向に侵入者が見つからない状況が続いていた。
「中隊長。このフロアには居ないのではないでしょうか?」
「そう思わせるのが敵の狙いだ。例えこの階で見つけられなくても、ここを離れるわけにはいかん。」
「では、本部に報告入れます。
01、01こちらY18。侵入者を未だ発見できず。送れ。」
だが神宮寺からの返事はなく、砂嵐音だけしか聞こえなかった。
「・・・?応答有りません。」
「YよりS。応答せよ。送れ。」
管理棟1階通路・・・。
「こちらS1。送れ。」
「<連隊長からの応答が無い。至急司令室に向かわれたし。送れ。>」
「S了解。」
第2中隊は持ち場である地価1階を離れるわけにはいかず、止む無く1階を警備する連隊直轄の9名に確認を取って貰うことにした。
しかし、全員で行く訳にはいかず2名のみを向かわせた。
司令室の前まで来た二人はノブに押し倒し、手前に引いいて扉を開こうとする。いつもやっている簡単な行動であったが、ノブに手を掛けるまでは良かった。
「・・・っ!?鍵が掛かってる!?」
「何っ!?」
ノブを押し倒そうとしても、ノブはまるで接着剤で固定されているかのように動かなかった。
コンクリートの壁に金属製の扉が相手では89式小銃は役に立たない。C4クラスの爆発物が必要になるが、油田施設にそんな物置いてあるはずもなく隊員は扉の前で立ち往生することになった。
司令室内・・・。
「はぁ・・・。はぁ・・・。」
神宮寺もミランダも距離を取って睨み合っていた。
お互いに右腕を負傷させたせいで、中々一歩を踏み出せないでいた。
「面白い武器だねぇ。何て言うの?」
「『カランビットナイフ』。お前を戦うことになると思い作らせた特注品だ。」
カランビットナイフの刀身は一般的なサバイバルナイフとは異なり、エッジが掛かっている。これで相手の攻撃を逸らせて、すかさずカウンターに入れるのだが、そこは神宮寺を同じくゼロレンジコンバットを習得している者同士。ミランダは突きを下に逸らされた瞬間にバックステップを踏んで神宮寺の斬撃を回避していた。
お互いの傷はこの時に負った。
そして、ミランダの脳裏にジグソーの影が映り、神宮寺と重なった。
「嬉しいな。」
「何がだ?」
「アンタ私の師匠によく似ているよ。ようやくあの時と同じ場に立てたって感じ。」
ミランダの言うあの時とは、路地裏でジグソーに不意打ちで殴りかかり、かすり傷の一つも与えられないまま呆気無く敗北した数十年前のことだ。
「そりゃぁ光栄だ。俺はまだ教官を超えられないでいる。」
神宮寺も、ミランダも、好敵手と呼べる相手が初めて見つかったのかもしれない。
そんなことしている間に部屋の外がやけに騒がしくなっていった。
「そろそろ時間だな。」
「そうみたいね。続きはまた今度、ゆっくりしましょう。」
この状況で逃げられるのかと神宮寺は思ったが、ダクトの穴の下に机が置かれていた。
「じゃあね。」
ミランダは右手に持っていたナイフを左手に持ち替え、神宮寺に投げつけた。
「うっ!」
神宮寺は咄嗟に回避したが、背後にあったモニターにナイフが突き刺さり、映像が映らなくなる。
それに目を奪われている間にミランダは姿を消した。
バァァン
部下が突入したのはその直後であった。
「隊長!お怪我は?」
「右腕を切られた。だが軽症だ。
侵入者はダクト内を通って屋外に逃走すると思われる。S8、9は地下に行きY及びZと合流し屋外へ、その他の者はXに合流し警戒に就け。絶対に取り逃すな!!」
「「「はっ!!」」」
神宮寺は腋から肩にかけてを止血衣で縛り、右腕からの出血を止めようとする中で、部下に指示を出した。一度取り逃しているだけあって、何としてもここで取り押さえることを宿命付けられている。そんな気がしていたのかもしれない。
ダクト内・・・。
ミランダは右腕の傷を自分が着ていた服の裾を破って止血衣を作成。応急処置を施していた。
「日本か・・・。面白い奴等が多いな。」
ギル王国では味わえなかった謎の感覚に酔いしれ、ゼーベルムートで舌戦を演じた西村に、司令室で自分の右腕に傷を負わせたS01を名乗る男。
この時に思った。「もしニホンに産まれていたらどうなってたであろう」と。
格子から入る僅かな光のみを頼りにしているので自分が何処にいるのか、外はどっちなのか全く分からない。
数分彷徨ってようやく下からではなく横からダクト内に差し込む光が見えた。
「ここか・・・。」
T字で体を入れ替え足を外側に向け・・・。
「ふっ!!!」
はめてあるだけの格子を思いっきり蹴り飛ばす。