神話級の力
ミサイル護衛艦『こんごう』・・・。
「敵艦発砲!」
本来待つべきではないこの報告。しかし、攻撃を許されない極限状態のクルーには春の訪れのように感じられた。
しかし、イージス艦であるこんごうの装甲は極めて薄く、一発の被弾が命取りになる。優れた防空システムで迎撃しようにも艦隊間5000mと至近距離での砲撃はたとえ毎分6000発の発射速度をもつCIWSでも迎撃は難しい。
なら・・・。
「後進いっぱーーーーいっ!!!」
微速の位置にあった速力指示器を目一杯後進に引き倒す。
ガスタービン機関が唸りを上げ、前進の行き足を打ち消し、乗員を後ろから突き倒す勢いで船体を引っ張る。
こんごうに続き『あきづき』『はたかぜ』等僚艦も後ろに下がり・・・。
バドォォォォン
飛来してきた敵弾が遥か前方に着弾。見事全弾回避すると共に・・・。
「こんごうよりいずも!我攻撃を受けた!!正当防衛射撃を実施する!!!」
「<了解!こんごう以下各艦、直ちに正当防衛射撃を実施せよ!!>」
今まで散々要請を蹴り続けていたいずもも、僚艦が攻撃を受けたなら黙っているわけにはいかない。手の平を返したように、こんごう達に反撃の許可を与えた。
ギル第3艦隊 旗艦『デイター』
「全弾回避されました!」
「何ぃ!?」
「まさか、船が後ろに退いた!?」
ボートならいざ知らず、戦列艦ほどの大きさになれば後ろに退くなど、艦首を反転させなければならない。だからこそ、日本軍の船の動きは常識からかけ離れていたので、不気味に思えた。
「敵艦、向きを変えます!」
艦隊間の距離は6000mまで広がり、12ポンド砲の射程外で敵艦は艦首方向を北に変えた。
「砲がこちらを向いてきます!!」
「あの砲、固定してない!?」
船に載せる大砲といえば固定されているものだが、日本軍の艦砲は、それのみが独立して動き砲口を向けてきた。
そして、砲口から白い煙を吐き出した。砲撃と推測できたが、王国の最新式の12ポンド砲でも最大射程は5000m。6000mも離れた場所から撃てたとしても当たるとは思わないだろう。
バゴォォォォォン
先頭の戦列艦が爆散するまでは・・・。
ミサイル護衛艦『こんごう』・・・。
「転舵、左90°!右舷、砲戦よーーいっ!!」
こんごうの転舵に合わせ、僚艦が続く。
艦首の速射砲、前後部2基(はたかぜのみ右舷1基)のCIWSを敵艦隊に向け・・・。
「撃てぇぇーーっ!!」
それまでの鬱憤を晴らさんとばかりに一斉に砲撃。
装甲戦列艦デイター
「戦列艦ロガハ爆沈!ヴァエイ、クァナン、ウバメ轟沈!!」
相次ぐ報告を聞くまでも無く、ゴアモ提督は眼、耳、鼻、皮膚で自分の艦隊に起きている全てを理解していた。治まる事の無い爆発、砕け散り燃えながらに海を漂う木片、火薬と人体が焼ける臭い。そして悟る、次は我が身かと・・・。
「ぜっ、全員船をすて-」
だがその決断はあまりにも遅く、日本軍も命令を伝達する時間を与えれくれるわけ無かった。
僅か5mmの鉄板では速射砲の砲弾はおろか、20mm機関砲弾も防ぐ事はできず、船体は蜂の巣にされ12ポンド砲弾や丸弾の発射薬に命中して誘爆。内側からの爆風を押さえきれるはずもなく、船体は爆散。
CICのディスプレイに映っていた艦影はみるみる数を減らし、ほんの10分足らずで全滅した。
ザーパト海海戦
日本 第1護衛隊群:損害なし
ギル=キピャーチペンデ王国 第3艦隊:全滅
ヘリコプター護衛艦『いずも』・・・。
「あっけ無い物だ。」
ほんの十数分前まで恐れていた影が消滅した。
撃たれるまで撃てない。梅津は自衛隊の信念を忠実に守った。しかし同時にそれは部下を恐怖のどん底に突き落とす事になった。
恐怖と言う縄で縛り付けにされていたが、僅かな力を加えるだけで簡単に抜け出せた。なのにその力を使うまでの時間が掛かりすぎていた。
撃たなければ撃たれる、ではなく撃たれるまで撃てない。これからも人命と大儀を天秤にかけるのか?
「艦長!」
そんな事を考えていると、副長が声をかけた。
「っ!どうした?」
「第4潜水隊から、『敵艦隊と交戦中、救援を求む。』と。」
第4潜水隊はタンタルス大陸の南方に派遣され、サデウミスの南東8kmで交戦に入った。そして守備していたサデウミスには大規模な油田施設が有り、これを叩かれると日本の経済が破綻するといっても過言ではなく、何としても守らなければならなかった。
「第5護衛隊を急行させろ!油田施設に指一本と触れさせるな!」
「はっ!!」
サデウミス集合国家 南東8000m 第4潜水隊 潜水艦『ずいりゅう」・・・。
「1,2番、魚雷発射管開け!」
派遣された潜水艦には、ギル王国戦に備えて魚雷10本、対艦ミサイル4発を搭載していたが、迫る敵艦隊は潜望鏡で確認した限りでは、総数70隻以上の蒸気帆船。全弾命中させれたとしても全滅させる事は出来ない。よって艦長の水木2佐はサンジェロワ航空基地と第1護衛隊群に救援を求めたが、どちらにしろそれまでは3隻の潜水艦で足止めしなければならない。
「発射用意よし!」
「撃てぇぇっ!!」
89式魚雷が雷速48ノットで海中を敵艦隊目掛け疾走する。
ギル=キピャーチペンデ王国 第2艦隊 旗艦『ウィージン』・・・。
タンタルス大陸の南、サデウミスへの上陸作戦を行う為、艦隊は蒸気機関の出力を限界まで上げ、14ノットという快速で、進路を北西に進んでいた。
「日本の艦隊は囮の第3艦隊に釘付けよ。その間に我等がサデウミスを制圧しタンタルス大陸に一番乗りよ!」
艦隊司令官ブオティーを含めた全将兵は第1護衛隊群が第3艦隊にてこずると思い込んでいる。実際に日本軍の艦船は一隻も見えない。
だが・・・。
ボン ボゴォォォォン
巨大な水柱が先頭を行く蒸気船『ガラット』を飲み込み、収まったときにはガラットは水面に船首と船尾の一部を残すのみになり、程なくして全て海中に没した。
「まさか!?『クラーケン』!?」
この世界にどこかに存在し、如何なる船をも二つにへし折り海へと引きずり込む。と言われる神話上の生物であったが、その言い伝えどおりのことが目のまで起こった。それも連続して。
「クラーケンの群れか!?」
「てててっ撤退しましょう!!」
「くっそ!ここまで来て・・・!!」
いくら強力なギル王国第2艦隊といえど、神話生物が相手となれば敵うはずもなく、くしくも撤退を余儀なくされた。
潜水艦『ずいりゅう』・・・。
「3番、ワイヤーカット。」
今やこの世界において魚雷は日本のみが持つ必殺の対艦兵器であるが、鋼鉄製の戦艦ですら1発で撃沈できるその威力は、蒸気船にはオーバーキルじみた破壊力であった。
「2番潜望鏡上げ。」
海上にはバラバラになった船体の破片、投げ出された乗組員、荷物と思われる木箱などが大量に漂流。台風にでも遭遇したのかと思ってしまう光景であった。
そして遠くには撤退中の敵艦隊が見えた。
「敵は退いて行く。俺等も戻るぞ。」
水木艦長は漂流者を見殺しにはしたくなかったが、敵兵の数は多く狭い艦内には収容することは出来ないうえ、機密の塊である潜水艦に敵兵を入れることなど考えられなかった。
ギル王国 第3艦隊・・・。
サデウミスを目前にクラーケンの襲撃と言う前代未聞の事態にその場は撤退するしかなかったが、艦隊に更なる悲劇が迫っていた。
「10隻ほど喰われました。」
「まさかクラーケンに襲われなんて・・・。日本との戦闘を前にこんな事になるとわな。」
あの出来事が日本軍の攻撃とは知る由も無い。ブオティーは再攻撃の時期を考えたが、メインマストの見張り員が左舷から迫る何かを発見した。
「左舷後方10000!何かが飛んでくる!!恐ろしい速さだ!!!」
全員がその方向を見る。確かに、鳥とも思えない得体の知れない物体が凄まじい速さで艦隊に迫ってきた。
密集隊形をとる艦隊は我先に回避しようをしたが、そんなこと出来るはずもなく、飛行物体は僅か数秒で5000mの距離にまで迫まり、トビウオの様に空高く跳ね上がった。
「全員船を捨てろ!」
ブオティーが命令を出したと同時に、物体はウィージンの甲板目掛け真っ直ぐ突っ込み・・・。
ボガァァァン
船内で爆発した。
これで、ウィージンを含めた16隻が沈み・・・。
「また来たぞー!!」
再度飛来した同様の物体の直撃で、またしても16隻が沈んだ。
100隻いたはずの艦隊は離脱し港に帰った頃には半数以下にまでその数を減らしていた。
そうなるはずだった・・・。
「また何か来たぞ!」
「青い鳥だ・・・!」
32個の飛翔物体に比べ凄く遅いように見えたが、それでもその青い鳥はギル王国人には考えられない速さで迫り、艦隊に襲い掛かった。
航空自衛隊のF-2戦闘機6機は撤退中のギル王国艦隊の追撃すべくサンジェロワ基地を離陸。対艦ミサイル4発を連続発射し後、20mmバルカン砲を掃射し艦隊を全滅に追いやった。
ギル王国第3艦隊は日本の海空自衛隊の連続攻撃で全滅。直前に打たれた電文が王国本土に届き、その内容を見たものはこう思った。
日本は神話の生物を使役しタンタルスの防衛は鉄壁である。よって、タンタルスへの侵攻は不可能である。講和をすることは無いだろうが、フォーネラシア大陸の守りは固める必要があるっと。
その結果、ギル王国は4月に開催される世界会議を欠席することになる。