情報戦と大儀
パリィィィィン
「うぅ・・・。」
ガラスが砕け散る音と同時に僅か数秒の気絶から神宮寺達が目覚めた。相手の持っていたナイフが小型だったのが幸いしたか、皆軽傷ですんだ。だがあの女性には逃げられたみたいだ。
「アイツには逃げられたか・・・。」
「ですが無線機に、それから・・・。」
電文を打つうえでは欠かせないある物を置いていった。
「これは?」
「おそらく、コードブックです。」
無線機が実用化されたばかりでその重要性に気が付かなかったようだ。
翌日、手に入れたコードブックの内容と、傍受した電文を照らし合わせ文章が出来上がった。
だが、書かれてある文字は解読不可能であった。
「後はこれを読むだけなんだけどなぁ。」
「この世界の言語、もっと勉強しなければなりません。」
無論今から覚えようとしても4,5年掛かる。なので・・・。
コンッ コンッ コンッ
「はい。今行きま~す。」
ジュッシュ公国の中で最も信頼する人物に代読して貰う事にした。
「自衛隊さん?どうされたのですか?」
「突然すみませんクローディアさん。どうしても頼みたい事が有りまして。」
家の中に案内され茶を振舞われるが、本題に入る。
「これを読んでいただきたいのですが。」
クローディアが手渡されたのは海洋界共通言語で書かれた文章であったが、一通り目を走らせて内容の意味と真意を理解した。
「これは、一体何処で?」
「先日、サンジェロワ基地で傍受した電文の内容です。」
傍受?電文?自衛隊の言っている事は分からなかったが、書かれているなことを一言一句間違えることなく読み上げる。
『日本は王国の警告を一蹴しただけでなく、戦争も辞さない態度を見せてきた。よって、タンタルス大陸の真なる支配者を教える為、第3国経由で宣戦。同時に大陸全土に一斉攻撃を掛けることを提案する。』
「そんな事言われても・・・って感じです。」
「ギル王国は日本をタンタルス大陸に属する国、としか思っていないのでしょう。その油断が命取りだというのに。」
敵を小国と侮った事で敗北した大国は幾つも在る。ギル王国から見れば、面積こそ小国であろうが、経済・産業・軍事、あらゆる物がギル王国より遥かに発展している。仮にギル王国が日本を戦争しても日本の圧勝で終わる。クローディアはそう思っていた。
「確かに、転移直後の日本はジリ貧でしが、今はジュッシュから食料、サデウミスから石油を輸入しているので、ボルドアス戦の時より遥かに戦い易くなっています。」
だが、それでも自衛隊の増強計画がようやく始まったばかりで、陸上自衛隊の人員が僅か1万人増えただけであった。
ほぼ転移直後の兵数のままギル王国戦に突入しても、日本本土のみを防衛できる最低限に数しかなくタンタルス大陸に派遣できる数など高が知れている。
「日本にそのつもりが無くても、ギル王国はタンタルスに軍を差し向けます。支配から開放され日本のおかげで発展した国を蹂躙されたくない。そんな思いでタンタルス大陸は団結し、ギル王国に抵抗するでしょう。」
その時はクローディアもクレー騎士団に舞い戻り指揮を採るつもりでいた。
3月2日 タンタルス大陸東方1000km・・・。
派遣された第1護衛隊群の忍耐も限界に達しようとしていた。
ギル王国が言う第3国経由の宣戦布告が無い以上こちらから手を出せば相手に大義名分を与えてしまう可能性が有った。なので何が何でも敵の宣戦布告を待たなければならなかった。
ミサイル護衛艦『こんごう』・・・。
「くそったれぇぇ。サッサと撃ってきやがれぇぇ。」
「布告が来たときにトリガーパッピーに成るんじゃねぇぞ?」
「機関銃持ってたらそうなっただろうな。けど今はディスプレイを見ることしかできねぇけど。」
既に主砲の射程には入ってはいた。旗艦いずもに幾度となく攻撃許可を求めていたがその度跳ね返されていた。
こんごうの他にいずもを中心とし、扇子型に展開していた僚艦各艦もいずもに進言していたが、それらも跳ね返されていた。
ヘリコプター護衛艦『いずも』・・・。
僚艦からの要請を蹴りに蹴り続けていたが、遂にその時が来た。
「艦長!サンジェロワから通信です!キシュキダー皇国を通じジュッシュに日本大使館に宣戦布告書が届いたとのことです!!」
「きたか・・・。だがまだ撃つな。」
「なっ!?」
宣戦布告された時点で日本とギル王国は戦争状態に入ったはずなのだが、それでも先制攻撃を待っていた。それは単純かつ明確な日本側が攻撃されてから行われる戦闘にする為に必要な事であった。
ギル=キピャーチペンデ王国 第3艦隊旗艦 装甲戦列艦『デイター』・・・。
ギル王国の主力艦は蒸気帆船であったが、それらは第1、第2艦隊に組み込まれタンタルス大陸を南北から上陸する手はずとなっていた。第3艦隊を構成している装甲戦列艦は、もともとボルドアス帝国が日本戦の為に発注した物であったが、同国が滅んだ為そのまま王国艦隊に配属となった。
蒸気機関を搭載していない為速力は遅く、武装も旧式の砲を在庫処分とばかりに載せていたので打撃力も無い完全なお荷物状態となっていた。
乗員も使い捨てになる属国の徴用兵ばかりで王国正規兵は全体の3割にも満たない上、その殆どが訓練を終えたばかりか訓練期間中の新兵ばかりであった。
そんな艦隊の司令官 ゴアモ提督は艦隊の士気の低さを痛感しながらも与えられた命令を全うしようとしていた。彼に前方には灰色の巨大な船が7隻見えていた。
「艦旗は白地に真紅の丸・・・日本の船はかなりでかいな。」
「はい。ですが図体だけで、見た限り砲は1門のみです。このまま前進して白兵戦を仕掛け無力化します。」
「提督。まもなく5000mです。」
先頭を行く戦列艦には艦首砲に『後装式12ポンド砲』を搭載している。最大射程5000mのこの砲なら牽制、あわよくば敵艦の艦首砲に命中し戦闘不能にさせようと、砲弾を込める。
「距離5000!」
「12ポンド砲っ撃てぇぇっ!!」
第3艦隊の先頭艦の砲撃で、ギル王国と日本の初の大規模海戦『ザーパト海海戦』の幕が上がった。