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ミトスター・ユベリーン  作者: カズナダ
第5章 転移紀
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ジグソーとミランダ

 十数年前 ソーンヘルム・・・。

 街一番の繁華街の酒場兼宿屋『ヌノサノケ』には、激務を終えた労働者、他の列強国からの観光客、そして・・・。


「へぇ~お姉さぁ~ん。一緒に飲もうでぇ~。」


 若かりしミランダも、この酒場の常連であった。


「お断りよ!アンタなんかと飲む理由が無い!」


「つれねぇ~こといわずにさぁ~」


 酔っ払いはあまりにしつこく勧めてくるが、ミランダは頑なに拒む。


 お互い譲らず押し問答が続き、遂に酔っ払いが左手をミランダの左肩に手を回そうとしたが・・・。


「っ!!」


 ミランダは酔っ払いの腕を掴み、そのまま一週回し関節を極める。


「あぁいだぁあがぁぁぁ!!」


 完全に油断しきり、一瞬の出来事で訳の分からないまま、ただただ左肩に激痛が走る。


 ミランダは酔っ払いを解放すると同時に蹴り飛ばす。


 ガシャァァァン


 机を1つ、椅子も2つばかり破壊された。蹴り飛ばされた酔っ払いの身の回りにはその木片や机の上に置いてあったグラスの破片と、その中身が散乱した。


 その音は響き渡り、賑やかな酒場に殺伐とした空気が流れる。


「この尼ぁっ!!」


 蹴り飛ばした酔っ払いの飲み仲間が数人、ミランダを取り囲む。


 だがミランダは怖気づかない。それどころか、むしろ返り討ちにするほどの剣幕を解き放つ。


「やろうってのかい・・・?」


 元々スラム育ちで、単対多の状況など何度となく経験している。その度かすり傷、打撲、酷い時には骨折する事もあった。負けてボロボロになる度に「強くなりたい」との思いで、ありとあらゆる全てを武術や手製武器の製造法に注いだ。そうしなければ生き残れなかったからだ。


「丁度良い。最近むしゃくしゃしてたんだ。あんた等を発散剤にしてやる!!」


 闘技場と化した酒場。乱闘が起きている所にはホールが出来ていた。


「ふんっ!!」


「のあぁあっ!?」


 華奢な十台の女一人対大柄な酔っ払い八人。誰しもが直ぐに決着が付くだろうと思っていた。


 だがミランダは、その予想を覆し次々に押し倒しては投げ飛ばす。


 ミランダは無傷で勝利した。そのまま自分が飲んでいた分の代金だけを置いてヌノサノケを立ち去った。


「マスター、帰る。釣りは要らん。」


「あ、あぁぁ。また来てくれ。」


 その一部始終を見ていたある男が、ミランダの跡を追うように店を出て行った。


 路地裏・・・。

「クッソ!もうあの店入れねぇじゃねぇか・・・。」


 今までにあんな事をされていなかった訳ではない。その都度高圧的な態度で追い返していたからだ。だが、さっきのは余にもしつこい勧誘にカッとなってしまった。それがあの惨状だ。


「ちょっと、そこの君。」


 後ろから声をかけられた。あの酔っ払いどもの仲間かと思い身構える。


 しかし、振り返った先に居たのは、黒のパリッとした服に筒状の長い帽子に杖。薄汚れた作業服の酔っ払いとは違い、どこかの名家の紳士のような立ち姿であった。


「なんだい?」


「私はこう言う者なのだが。」


 名刺を取り出そうとするが、ミランダは受け取りを拒否した。


「あいにく、私は字が読めなくてね。」


「そうか、では口述で説明しよう。私の名はジグソー。軍需省の副大臣補佐をしている。」


「へぇ~?そんな国の偉いさんが、こんなゴミ貯めを根城にしてそうな小娘に何を頼もうってんだい?」


「結論から言う。私の部下になれ。」


「断ったら?」


「今の生活が続く。」


 ジグソーは独自に諜報活動を専門に行う組織を持っていた。だが、他の列強国に派遣した者はその多くが行方不明になっており、中には何処かのチンピラに撲殺された事例さえあった。


「君を鍛え上げれば優れた諜報員にする事ができる。そう私は確信した。君のような逸材を野放しにしておくわけにはいかんとも思ったがな。」


「アンタに付いて行くだけで、今の生き方からおさらば出来るならこんなに美味しい話は無い。けど、条件がある。」


「条件?」


「私を倒してみな!!」


 不意打ちとばかりにジグソーに襲い掛かる。


 ジグソー邸・・・。

「お帰りなさいませ、旦那様。」


 メイドが玄関で出迎える。


「そちらの方は?」


 やはり抱えている女性が気になるようだ。


「門前で倒れていた。傷は大した事ないが手当てしてやってくれ。」


「承りました。」


 同書斎・・・。

 明日は休みなのだが、仕事は溜めたくないので書類の作成、検印をさっさと済ませていた。


 そこに傷の手当を終え、包帯で四肢のみをミイラのようにグルグル巻きにされたミランダが現れた。


「ボロボロだな。」


「誰がこうしたと?」


 先に襲い掛かったはずなのにこの有様。それは、ジグソーがゼロレンジコンバットの『ディザーム』で尽くカウンターし、持っていた杖で巻き倒したり突き飛ばしたからだ。両手両足の傷はこのときに負ったものだ。


「あの技の原理は君の技と同じく内側の筋肉を使っている。」


 日常生活で重量物の運搬や、スポーツの際に使用しているのは外側の筋肉(アウターマッスル)を使用しているが、ゼロレンジコンバットでは内側の筋肉(インナーマッスル)が重要になってくる。


 実際に酒場での乱闘の際、ミランダは体をクネクネと動かしストレッチしながら戦っていた。ジグソーは王国でいち早くゼロレンジコンバットの重要性に気付き、部下とした諜報員に教えていたが全く効果を上げなかった。だからチンピラに撲殺される事態になったのだ。


「技の一つを再現してみよう。」


 そう言いミランダに杖を掴ませる。


 そのまま肩甲骨、肘、手首の順に発生させた波を、杖を通じてミランダにぶつける。


「あっ!?」


 ミランダの体は大きくバランスを崩し、床にひざを突く。


 自分のみに何が起きたのか、最初は理解が及ばなかったが徐々に路地裏で掛けられた技だと理解していった。


「・・・。」


「今日はもう湯浴みをしてゆっくり休むといい。明日から本格的に鍛え上げてやる。」


「私はどういった立ち位置に成る?」


「戸籍上は私の娘にしておいた方が都合が良いな。でだ・・・。」


 このにきてようやく、ジグソーは肝心な事に気が付いた。


「何だ?」


「君の名前は?」


「・・・。名前なんて無い。だけど、皆私をミランダって呼ぶ。アンタもそう呼んだらいいよ。」


「では遠慮なくそう呼ばせて貰おう。」


 翌朝から始まったジグソーの特訓はゼロレンジコンバットだけでなく、一般教養から礼儀作法まで教えられた。ゼロレンジコンバットの訓練はミランダ自身、独学で習得した事が幸いし、切れ味の悪くなった刃物を最高級の研ぎ石で磨くように、ドンドンとジグソーの技を吸収していった。


 だが、スラム育ちの彼女に礼儀や教養は難易度が高く、二十歳になってようやく学校の初等部程度の学力になったが、礼儀に関しては全く持って進捗が無く、ミランダにもこれは多大なストレスになっていたので、時々2万マルソ(日本円で4000円ほど)を与えて外出させた事もあった。最初は逃げ出すのかと思われたが、帰る家がジグソーの家程度しかないので時間帯は定まらなくとも必ず帰ってきていた。


 そして更に約十年後・・・。

「恐縮です。」


 ジグソーが軍需省の副大臣に就任したときに、ようやくミランダもようやく歳相応レベルの教養と礼儀を身に付ける事が出来た。


 ボルドアス帝国が滅んだのは丁度この頃だ。


「ジュッシュ公国で新たな仕事だ。同国内に在る『日本国大使館』を訪れ国王の意志と伝えよ。」


「かしこまりました。」


 無論こんなの建前で、実際には新たに導入した無線機の試験をかねていた。


 事前に日本の軍隊は精強と伝えられていたので、ジグソーは最も信頼を寄せるミランダにこの仕事を任せていた。


 そして今・・・。

「そんなに捨てさせたきゃ、撃ったいいじゃん!?」


 ミランダは日本軍と対峙している。狭い室内だが、だからこそジグソーに教わった体術が有効だが、日本軍の一人が不審な挙動をしている。持っていた銃をホルダーに納め、クネクネと体を動かしていた。


「(まさか!コイツも!?)」


 考えられなかった。この体術を実戦レベルで使えるのはミランダとその恩師ジグソーだけだ。名も知らない衛星大陸の島国の軍人が使えるのかと思い、迂闊に手を出せない。


「隊長何を!?」


「拳銃はしまえ。ナイフも使うな。コイツ相手には返って不利だ。」


 知っているだけでなく、実戦レベルで使える事ができる。このことはジグソーに直々に伝えるべく、ミランダは何としてもこの場を乗り切らなければならない。


「いやぁぁぁ!!」


 右端の兵士が戦端を開いた。


 数分後決着が付いた。数分の時間であったが、戦っていた7人には一瞬のことのように思えた。

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