五畳の戦闘
タンタルス大陸東方1000km・・・。
サンジェロワ航空基地に派遣した『E-767早期警戒機』が、タンタルス大陸に向かう百余隻の大艦隊を探知。大陸東部の国、『ティルナノーグ』に停泊していた第1護衛隊群は防衛計画に基づき直ちに出港。ミサイル護衛艦『こんごう』もSPY-1レーダーで捕捉し、そのレーダーディスプレイには艦首方向から迫る巨大な影が映った。
ミサイル護衛艦こんごう CIC室
「イージスシステムの故障を疑いたくなるな・・・。なんて数だ。」
一度に百以上の目標を捕捉・追尾が可能なので、水上艦も一つの光点として表示されるが、余にも数が多すぎたのでジャミングを受けたような感じになっていた。
「システム正常・・・。コイツ等本物だ。ゴーストエネミーなんかじゃねぇ。」
敵速は約4ノット。こんごうや他の僚艦も最微速に速力を落とし接敵に掛かる時間を長引かせようとしているが、それが返って乗員に、特にレーダー監視員に恐怖感を植え付ける。巨大な影が、ゆっくりゆっくりと、艦隊を飲み込まんと迫っているのだから。
ヘリコプター護衛艦いずも
「こんごうから攻撃要請です。かなり切羽詰っているようです。」
艦隊間をデータリンクしているので、こんごうのレーダーディスプレイに表示された画像も見ることが出来る。
そこには、やはり巨大な影が映っていた。
「無理も無いな。こんなのに正面切って戦わなければならんのだからな。」
艦長の梅津は、自分なら逃げ出したくなると思った。しかし、第1護衛隊群の旗艦いずもの艦長が弱腰になるわけにはいかない上、自分達が戦うずして誰が戦うか・・・。海上にはいずもとその僚艦しか居ない。
「相手からの宣戦が無い以上こちらから手を出すわけにはいかん、こんごうには悪いが攻撃は絶対にするなと伝えろ。」
二週間ほど前 サンジェロワ航空基地・・・。
「ゼーベルムートから正体不明の信号をキャッチ!」
「ラジオの電波じゃないのか?」
ジュッシュ公国には、792KHzの周波数を使うNHJ 東京 第3放送しか放送されていない。
「我々が使っているラジオや無線とは違う周波数です。しかもこれ、0と1の打通信号?」
モールス信号を使え、理解できるのは軍人か、アマチュア無線士の資格を持つ者のみ。しかしジュッシュ公国には無線の概念は無く、ラジオもようやく普及し始めたところだ。
「全て記録しろ!」
「はっはい!」
傍受した信号の内容は全くもって理解できないものであった。それもそうで、言語はこの世界の共通語で日本語、英語、数字、自衛隊の知る言語が通用しなかった。
「こんなのエニグマ以上に厄介じゃねぇか!」
「こうなれば発信源に直接乗り込むなでです。傍受と平行して逆探知もして特定済みです!」
「よくやった!特戦群に伝えろ!」
ゼーベルムート とある一室・・・。
普段、空き家になっているこの部屋はギル=キピャーチペンデがジュッシュに潜伏させていた諜報員の活動拠点となっていた。
西村との会談したミランダも諜報員の一員で、メンバーの中で唯一無線が扱えた。
「上手く届いてくれよ・・・。」
といっても彼女自身、実装されたばかりの無線機を信頼しているわけではなく、あくまで実験の為に無線の技術を得たようなもの。本心では、直接文章にまとめて報告したかった。
そんな時・・・。
コンコンコン コンコンコン
誰か来たようだ。
「はい?」
何気ない感じで返事をする。
「役所の者ですが。」
「(役人!?)」
ジュッシュの役人は事務や財務だけでなく警察活動も兼ねていると聞いている。
「(暗躍がばれた!?いや、そんなことは・・・。)」
人への接触は出来る限り避け、情報は自ら見聞きする。ギル王国の中でも指折りの諜報員であるミランダは自分の仕事に絶対的な自信があった。
「ドアを開けて頂けませんか?」
「わかりました。少し待ってください。(室内戦だと・・・。)」
わずか5畳しかない狭い場所、更に相手はドアを一枚挟んで対峙するそうなれば・・・。
「(拳銃かな・・・。)」
リボルバー拳銃を左手に持ち、手の甲を腰に当て、万一のことも考え右腿にナイフも付けてドアへと歩みを進める。
素知らぬ顔で対話しお引取り願う。それが一番良いが、いざとなれば発砲し窓から逃走する。潜伏の方法は身に染みている。追ってきたとしてもやり過ごせるか返り討ちに出来る。完璧だった。掛けていた鍵を外すまでは・・・。
バコンッ
「え・・・?」
突然体が浮遊感を覚える。伸ばした右手握っていたはずのドアノブは既に無く、少しだけ開けようとしたドアは全開になっている。その奥から拳銃を手にした数名が部屋に押し入ってくる。一瞬の出来事だったかもしれないが、ミランダには数時間も宙に浮いているような気がした。
別視点・・・。
カチャ
案の定鍵が掛かっていたが中に居るものは無用心にも解いてくれた。
神宮寺はドアノブを回すと同時に体全体でドアを押しのけ、右手で『突入』の合図を送りながら拳銃を突き出す。部下5名も追随し拳銃を構えながら室内に突入する。
そこには、突き飛ばしたであろう女性が放心状態で床に倒れ、頭上の机には旧帝国陸軍の『九五式電信機』のような物が置かれていた。
そして、女性の左手には拳銃が握り締めれらていた。
「はっ!!」
放心状態から開放されたミランダは、思い出したように・・・。
ズドォン
45口径弾を撃ったが、引き金を引く直前に左手を蹴り飛ばされ弾丸と共に拳銃はあらぬ方向に飛んでいった。
「くっ!!」
拳銃が使えなくてもまだナイフが有る。逆手のまま鞘から抜き左に居た一人を切りつけるが、刃が当たる寸前に回避される。まだ他に5人居る。直ぐに順手に持ち替え全員の脛を狙って切り付けるが、持ち替えたときには全員一歩下がって当たらない様にしていたので刃は空しく空を切る。
それでも体勢を立て直すには充分。起き上がり全員に刃先を突きつけ、時折降掛かる素振りも見せつける。
コイツ等の言ったことを全て鵜呑みにしたことが間違いだった。役人を装った日本軍の軍人だった。左胸の、純白の長方形の中心に描かれた真紅の丸を見て、ミランダはようやく相手の正体に気が付いた。
「ナイフを捨てろ!!」
対峙する日本軍は6人全員が拳銃みたいなものを持っている。この警告も数でも勝って絶対的優位だからこそ出せるものだ。
「そんなに捨てさせたきゃ、撃ったいいじゃん!?」
拒否すと同時に挑発する。ミランダには日本軍は決して自分を撃てないという自信があった。というのも、ミランダは今タンタルス大陸に居る数少ないギル王国の人間。開戦が迫っているこのとき、敵国の情報を集めたいのは当然であった。そのために、日本軍は何としても私を喋れる状態で捕らえなければならない。そう考えた。
神宮寺の心境は葛藤していた。
相手は明らかさ殺意を持って拳銃を撃ち、ナイフを振りかざしてきた。正当防衛で撃つ事はできるがジュッシュ国内で殺人を起こせば、今後の日本との関係に影響を及ぼしかねない。
今だナイフを持ち挑発してくる相手を手っ取り早く無力化するには肩を撃つのが一番であるが・・・。
「(手馴れている。拳銃じゃ無理だ。)」
相手は妙なほどクネクネと体をゴムのようにくねらせている。
神宮寺は特戦群や『中央即応連隊』で受けた訓練を思い出す。胃に穴が開く感覚を押さえ込んで手にした空挺レンジャー達が、僅かな体の動きで次々に倒されていった戦法・・・、『ゼロレンジコンバット』を。
相手が行っているのは、その基本的な動作『ウエイヴ』のストレッチだ。普通の隊員が押さえに掛かったところで全て返り討ちにされてしまう。それほどまで強力な戦闘術を相手が持っている。対抗するには同じゼロレンジコンバットの『ディザーム』でナイフを回避したと同時に背後に回りこみ引き倒すしかない。それが出来るのは、実際にゼロレンジコンバットを受けた自分のみ。やるしかない。
神宮寺は拳銃をホルダーに収め、我が身を囮に相手の攻撃を誘う。