番外編 世界を統べる国
ヨル=ウノアージン聖皇国
デスペルタル大陸とその衛星大陸で構成される『第1海洋界』を統治する序列第1位の列強首国。
この国には他の列強国が『工業』か『魔法』のどちらかの概念しか存在しないが、その両方の概念が存在する。その訳は、ひし形状の大陸の中心を『青道(経線0度)』が走り、東側は石油や鉄が大量に産出し、西側には広大な魔力地脈が広がり、工業も魔法も発展し易い環境だからだ。
だが、それが災いし双方を第一に考える『首相』と『皇帝』が対立し内戦が勃発したことがあった。激しい戦いの末両軍は疲弊、滅亡の淵に立たされた時一人の男が市民にこう呼びかけた。
「この戦争の原因は何か?互いの指導者が相手を滅ぼさんとした為か?違う、新なる敵は外、この国を取り囲む周辺国だ。奴等はこの国の崩壊を狙い、あらぬ真実で指導者達をたぶらかした。その結果が、この見るも無残な姿だ!
更に悲惨なのはそれに全く見向きもせず、惰眠を貪る豚共がこの国の指導者だと言うことだ!市民の苦しみなどいざ知らず、己が私欲の為に君達を殺す。・・・こんな愚か者は我々の手で引き摺り下ろす!我々こそが新の愛国者、真に国を思う者達なのだ!」
この演説の後、東西の垣根を越えるヨル=ウノアージン聖皇国の母体となる『国家社会主義ヨル労働者党』が結成、両軍を飲み込み首相と皇帝、双方の権限を持つ『総統』が誕生し、演説をした男が初代総統の座に付いた。
工業と魔法の双方を併せ、『戦車』『航空機』『戦艦』など今まで無かった新兵器を発明。内戦を起こした張本人とさせたデスペルタル大陸の周辺国に侵攻し併合した。しかし、不可解な事に第1海洋界を統一した直後に総統は謎の自殺を遂げた。自殺の真意について知る者は誰も居ない。
首都 ベルマギーア
「総統閣下がお亡くなりになられてから、早20年か・・・。」
第2代総統、ヨル=ガドロフ・ヘッケラーは初代総統の重鎮であった。死後、圧倒的支持を得て総統の座を継いだが、彼自身影から支えてこそ新の力を発揮するタイプであるので、日の目を浴びる地位は居心地が悪かった。
「はい。早いものです。しかしこの20年、混乱は起こらず聖皇国は順調な発展を続けています。」
その発展の象徴とも言うべき航空機3機が、ベルマギーア上空を編隊飛行していた。
「アラドーラか。」
「はい。新たに開発した『魔力濃縮噴射機』を2基搭載する『ジェット戦闘機』です。ようやく飛行実験にこぎつけました。」
アラドーラは、前任者のレシプロ戦闘機『ヴァリアン』の後継機として開発されているが、肝心の魔力濃縮噴射機にトラブルが続出してきた事で、パイロットは搭乗を拒否し続けている。
「空軍を納得させることはできるか?」
「ヴァリアン以上の戦果をたたき出せば、ですが・・・。」
「居らんな。」
第1海洋界に敵国は存在しない。敵となりえるのは他の海洋界を支配する列強国であったが、六カ国全ての軍事力を合わせてもヨル=ウノアージンには到底及ばない。攻め込もうにも大義名分が無い。にも関わらず、軍拡は止めどなく行われている。
陸軍には新型重戦車『ティガール』、海軍にも超大型戦艦『フリードグローセ』を所有するに至っている。兵器研究費も合わせると、年間国家予算の4割に匹敵する。
「次の世界会議で火種を探れ。そして油をかけて大きくしろ。」
「ははぁ。」
世界会議は年に2度、4月1日と10月1日にヨル=ウノアージンで開かれるもので、列強国が集まりこの世界の運用について話し合う場となってはいるが、実際はお互いのあら捜しで、それを理由にした宣戦布告の場でもあった。
大講堂では開催に向けた準備が着々と進んでいるが、問題は開催を3ヶ月に控えた、ヨル暦1936年1月に起きた。
「ギル王国が戦闘の可能性?」
外務大臣シガラーはギル王国に派遣した大使の定時連絡に大きな疑問と違和感を感じていた。
「はい。相手は衛星大陸の一つに属する島国との事。しかも第三国経由で宣戦布告すると。」
第三国から通告すれば、相手が反撃の態勢を整える前に攻撃を仕掛けることが出来るが・・・。
「騙まし討ちととらえかねないギリギリの戦法・・・。そうまでしなければならない相手なのか?」
「分かりませんが・・・、接触してみない事には何とも。」
「そうだな。なら早速行ってみるか!」
シガラーは部下を全く信頼していないわけではなかったが、座して続報を待つことはせず、『即決即行』の信念のもと自身が直接現場に赴きその真意を確かめたかった。
総統官邸・・・。
ヘッケラーは3階のテラスから首都を見下ろしていた。そこからシガラーを乗せた車が東に向かっていくのが見えた。
「シガラーめ、今度は何処に行くのだ?」
独り言のように呟いたが、そばにいる執事はこう答えた。
「ギル王国が戦争を仕掛けようとしている島国とのことです。どうもその国に対しギル王国は第三国経由で宣戦布告すると。」
「ギルにそこまでさせる国なら、一応はシガラーが赴く価値はある・・・か。」
ギル王国と、かの国が戦争を仕掛けようとする島国。第3海洋界の支配者が塗り変わるかもしれない。そんな事を思いつつヘッケラーは紅茶を口に運ぶ。




