レッツゴー女子寮
「それで、お前の部屋ってどこなんだ?」
なんの説明もなく学院長室から出たので俺はこの学院のことをほとんど何も知らない。どこになにがあるのかもわからない。
「えっと、この窓から見えるあの建物ですけど……あそこって、女子寮ですよ?」
「女子寮? じゃあ俺は入れないのか? そうだとしたらどこで俺はこの世界で寝泊まりしたらいいんだ?」
「学院長が良いって言っていたから入れることには入れると思いますけど…」
「よし、じゃあ行こう」
早いとここの世界のことを知りたいしこれからのことも考えたい。そう思った俺は学院長室の前にある大きな窓を開けた。
「ちょ、ちょっと?! 何する気ですか?!」
「だってあそこに行けばいいんだろ? ここからの方が近い」
「だ、だからって…っうわ!」
「口閉じてろよ、舌噛むぞ」
俺はクロアのことを脇にひょいと抱えると窓の桟に足をかけて跳んだ。
初めての異世界ってことでちょっと浮き足立って力が入りすぎちまったかもしれん。めっちゃ跳んだ。
「ふわっ!! 死ぬ! 死んじゃいます!!」
跳んだ直後から俺の言いつけを守らない口がよく喋るな。まあ念のため言っておいただけだから舌噛んでも千切れたりしないだろ。最悪治せるしいいか。
「このくらいの高さで落ちても死ぬことはないだろ」
俺が何を馬鹿なことを言っているんだと思って言うと、返ってきた反応は俺がしたものと同じだった。すなわち、お前は何を馬鹿なことを言ってるんだってこと。
「何言ってるんですか?! 二十メルはありますよ?!」
「このくらいだったら俺の世界じゃ死ぬ奴はそういない」
「この世界じゃ腐る程いるんですよ!」
「大丈夫だ、お前が無闇矢鱈に暴れたりしなけりゃ落としたりしない。あと俺の腕が疲れなきゃな」
そう言って笑うとさっきまでの威勢が嘘だったかのようにピタリと止まった。代わりに身体が震えているが、まあ無視でいいだろ。
二十メルほどから跳んだ俺らは重力に従ってそれなりの速さで落ちていく。
「女子寮の前らへんを目掛けて跳んだんだが、やっぱり力の入れすぎのせいでこのままだと壁にぶつかるな…」
「はあ?!」
「うおっ、何だよ急に叫ぶなよ…」
「あなたはいいかもしれませんけど私はか弱い魔法職なんです!!」
「まあ見てろって、別に怪我したりしねえよ」
俺は収納から手に直接黒いグローブを呼び出して嵌めると、近づいてくる壁に手を出してピタリと張り付いた。
「うわあああああ死ぬぅぅ……って、あれ?」
「相当信用ねえんだな。このまま落としてもいいんだぞ?」
俺は目を瞑って手をぎゅっと握りしめて身体をガッチガチに固めたクロアを首元を掴んでプラプラと振る。
多少さっきより高さはマシだとはいえ、五メルくらいはあるだろうう。
「ひえっ! ごごごめんなさい! 謝るから助けてぇ!」
そう言って涙目になるクロアを見ていると、今までにない面白さがこみ上げてきた。
「おう、任せろ」
俺はにやりと笑ってクロアを握っていた手を離した。
自分を支えていた力がなくなって襲ってきた浮遊感にクロアは一瞬わけがわからないと言った顔をして、そして俺を見て叫んだ。
「うわああ人でなしぃぃ!!」
たかが五メルほど、落ちたら骨折するかもしれないが死にはしないだろう。けど、別に俺はクロアを痛めつけることが好きなんじゃなくて、あいつの困った顔が面白いのだ。
「誰が人でなしだよ」
「うわあああああぁ…って、あれ」
俺は地面に落ちる前にクロアの身体を捕まえて、そっと立たせてやった。
ちゃんと助けてやったし結果的に怪我は無いし問題ないだろ。俺も面白かったし一石二鳥だ。
「怪我してねえよな?」
「…えっと、多分」
「ああ?」
「してないです!!」
「そうか、じゃあ行くぞ。案内しろ」
俺がそう言って顎で女子寮の入り口を示すとクロアは何で私がこんな目に等とぶつぶつ言いながら入り口を開けた。
「言っておきますけど、ここ、女子寮なんですから私から離れてほっつき歩いたりしないでくださいよ?」
開いた扉を抜けて俺の目に飛び込んできたのは、数名のクロアと同じくらいの年の女と、クロアより年上と見られる女性だった。
「へいへい、お前以外に迷惑はかけねえよ」
「私にも迷惑かけるのはやめてください」
「それは無理」
にこりと笑うとクロアは嫌そうな顔をしてもはや何を言っても無駄だとばかりに踵を返して、おっとりとした年上に見える女性に話しかけた。
「寮長さん、この人は…」
「さっき学院長から『鳩』が飛んできて聞いたわ。あなたの召喚獣なんですってね?」
「あん? 誰が獣だって?」
「あとで説明するからちょっと黙っててください! …そうなんです、でも、どう見てもこの人、男でしょう? だから流石に女子寮に置くのは…」
「あら、別にいいんじゃない? だって召喚獣なんでしょう? 学院の規則に違反しているわけでもないし。 なにより学院長が良いって言っちゃってるんだからオッケーでしょ」
俺が言うのも何だけど、この人めっちゃ軽いな。本当に寮長なのかよ。
気配から察するに学院長よりは弱いけどここら辺じゃなかなか強い部類に入ってるから、その自信の表れってやつか?
いつもの俺ならその無駄に高く見える鼻をへし折って土下座させて靴を舐めさせてやるところだが…運がいいな、今日の俺は機嫌がいいんだ。
「…それは、ありがとうございます。それじゃ、失礼します」
クロアはちっとも嬉しそうじゃない声と顔で礼を言うと、階段に向かって歩いていった。
俺もその後ろを追いかけようと、歩き出したところで魔法の気配を感じて思わず腰の刀を抜いて『切った』。
条件反射的に動いてしまった身体に自分の勘が衰えていないことを感じ、切り払った刃が寮長の鼻すれすれで止まっている。
「ちょっと、なにやってるんですか?!」
俺のことを見たクロアが叫んで近づいてくる。同じように周りの奴らも俺のことを敵視しているが、俺の動きが見えていなかったせいなのか、寮長と同じく固まっている。
「俺が聞きたいね。お前、俺に何をしようとした?」
自然と熱を感じさせない声を発し、返答次第では跡形もなく消してやろうと刃を首に添える。
俺が本気なことがわかったのか、寮長は顔を青くして素直に話した。
「が、学院長から、貴方のことを少し調べるようにと言われて…」
「それで?」
「『鑑定』をかけようと…」
俺はそれを聞いて黙って刀を納めた。鑑定なんぞかけるだけ無駄だとわかっているからだ。
「そうか。悪い、もっと悪質なものかと思い過剰に反応してしまった」
謝罪し、軽く頭を下げるとこちらに寄ってきていたクロアの手を掴んで寮長を置いて階段に向かった。