つまらない世界よりおもしろそうな異世界
完っ全に見切り発車の息抜き作品です。
「つまんねえなあ」
静寂が支配しているその空間で少年の声はやけに大きく響いた。
少年はうず高く積まれた物言わぬ死体の上に腰をかけ、頬杖をついてその顔になんの感情も浮かべることもなくただ景色を見ていた。
「世界征服なんて思いつきでするもんじゃねえなあ。だーれもいなくなっちまった」
勇者、魔王、剣豪、武闘家、賢者、魔道士……などなど少年が殺し尽くした人を数えるときりがない。一般人には手を上げていないということもなく、女子供に老人も分け隔てなく物言わぬ死体に変えていった。変えていった結果が、少年以外の人間が存在しないこの世界だ。
「一般人くらい残しとけばまだなんかおもしろいことがあったんかね?」
腰に差さった刀を一撫でして答えが返ってくるわけでもないのに話しかける少年。
「最初は良かったなあ。山賊やらに襲われるちゃっちい事件から国家反逆罪に至るまでの大事件もあったし、最強とか言われてる魔物もいたし。勇者とか魔王とかもいたから戦う相手に困んなかったしなあ」
かつての戦いばかりで血に濡れた記憶を呼び起こす少年。もっとも、勇者の剣技も魔王の魔法も、魔物の力も何もかもを打ち破っているからこその状況なのだが。
「多分全員殺したと思うんだけど、撃ち漏らしもいるんだろうなあ。俺だって人間だし。でももう飽きたしなあ」
戦うことが少年にとっての生きがいだった、というわけではない。自分が強すぎるから負けるために戦っていたというわけでもなく、親を殺されたから復讐するためという免罪符も存在しない。
ただ、興味があったから。
それだけの理由で世界を一つ潰したのだ。
そしてそれを果たした少年の今はもはや何も残っていない。
「少しは我慢しないとつまんない世界になるんだなあ。なるほどなるほど。学んだは良いけど、もう実践する機会なんて無いんだろうなあ。神様でもいたら俺をこんな小さな庭に閉じ込めておかないで欲しいもんだけど」
無理だよなあとため息をついて、腰に差してある刀とは別に背中に背負っている何の飾りもない真っ黒な直剣を抜き、立ち上がって下に向かって一払い。
その一薙ぎだけで少年の下に積まれていた山のような死体が消え去った。
異常な速さで剣を振ったわけでもなく、自然体で振られた剣が起こした惨状に、誰か人が見ていたならば口をあんぐりと開けて呆然としたに違いない。
そんな状況を作り出しておきながら、かなりの高さから落ちるも音なく着地した少年は剣をしまって懐から飴を取り出して口にくわえた。
と、そこで急に少年の前に紫色の魔法陣が現れた。
「うわっ、なんだこれ。えーっと……読み取れねえな。やっべ、わかんね」
そう言いつつ少年の顔には降って湧いた自分の予想がつかない出来事に笑顔が浮かんでいた。
普通だったらその魔方陣に近づくことなく逃げようとするはずなのに、少年は一際強く輝き始めたその魔方陣に向かって歩いていった。
♢ ♢
「おい、また『能無し』が召喚やるぞ!」
「また? もう諦めたらいいのに」
「ほんとだよな、なんでまだ学院にいるんだ?」
「さあ? そんなことより次の授業のテスト勉強した? 私全然覚えらんなくって」
私は周りから聞こえてくる声にぐっと涙を堪えていつものことだからと自分に言い聞かせた。
どうして私だけ、と思わなくはない。みんなはピクシーは当然召喚できるし、すごい人は精霊だって召喚しているらしいけど、私が召喚できたのはカエルや小さいリスといった小動物ばかり。しかも何にも役に立たないし私の言うことも聞いてくれない。
「みんな静かに。…それでは、始めなさい」
先生がそう言ったことで一応静かになったけれど、私にはその静けさが気持ち悪い。みんな表立っては言わないだけでずっとひそひそと話しているから。
私はきちんと授業でやった通りに魔方陣を描いているし、呪文だって間違えないように何回も何回も練習したから諳んじることなんて簡単だ。
でも、失敗する。
攻撃魔法は使えないけど、補助系の魔法はきちんと発動したから魔力がないわけじゃないはずなのに。
どうしてだろうと一人で涙を流した夜は何日もあった。その度に次こそは次こそはって思っているけど、心の隅では次もどうせって思ってる。
だからもうどうなってもいいやって思いながら、授業に従わないことにした。具体的には、呪文を変えてみることにした。呪文が変わって発動するはずがないし、どうせ発動してもしなくても笑われるんだもん。
「お願い、誰か助けて」
小さく呟く。
するといきなり魔方陣が紫色に輝きだした。
その輝きがいつもの私の召喚魔法の輝きとは比べ物にならないくらい大きかったので、周りは騒然とした。
「おいおい、まだ詠唱してないよな?」
「ていうか何この光の強さ?」
「やばくない?」
ここまできて周りの人たちも事態の大きさに気づいたのか、先生も声を張る。
「魔方陣に魔力を注ぐのをやめなさい!」
「え、ち、ちが。わたし、魔力なんてまだ注いでな…っ!」
そこまで言ったところで、目の前が真っ白になる程に魔方陣が輝いて、あまりの眩しさに私は目を瞑った。
しばらくして光が治ると、色のなくなった魔方陣の上に人のシルエットが見えた。
というか、人だ。私の目がおかしくなかったら、だけど。
「По.лжыатвшфжсо?」
その人の話す言葉は私には分からなかったけど、悪い人ではないように思えた。
「えっと、ごめんなさい。あなたの話している言葉が、わからないの」
私の言葉を聞くと彼はもう一回口を開こうとした。
「クロア・リリンス! 今のはなんだ! きちんとわかるように説明しなさい!」
彼の言葉を遮って先生が私に向かって怒鳴った。私はその声にびっくりしてビクッと身を固めた。
すると彼は開きかけていた口を閉じて、おもむろに背中に背負っている剣を抜いた。
え、剣を抜いた?
そう思った時にはもう遅かった。瞬きをした一瞬、その一瞬で彼は私の前からいなくなっていて、私から十メルはある先生の首元に剣を添えていた。