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祝福の魔従騎士  作者: 藤堂
第一章 とりあえず、冒険者で
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4話

 

 夕刻、冒険者ギルドの二階にあるソーマの自室。

 

 泥のように眠っているソーマ以外、動くものも音を立てるものもない。そんな部屋に、ノックの音が響いた。

 

 「なんだ……?」

 

 ソーマが目を開けると、無骨な木の梁が支える天井と白い石でできた壁が目に入る。

 

 「そうだ、俺は冒険者ギルドに」

 

 再びノックの音がする。ソーマは慌てて扉に駆け寄った。

 

 

 「お休み中だったみたいね。申し訳ないけど、ちょっといいかしら?」

 ドアの向こうに立っていたのは、苦笑混じりのマスターだった。最初に会った時と同じ紫のローブを着て、手には陶器の水差しと木でできたジョッキを持っている。

 

 「大丈夫です、ちょっと寝てただけなので」

 ソーマは水差しとジョッキを受け取り、机に置いた。

 ジョッキの数は二つ。なにか話があってやって来たであろうことは、ソーマにも感じ取れた。一つしかない椅子をマスターに勧めると、ソーマはベッドに腰掛ける。

 

 「薄めてあるから、良かったらどう?」

 

 マスターは上品な所作で椅子に座ると、二人分のジョッキに水差しを傾ける。ソーマは恐る恐る口をつけてみる。途端、口の中にふわっとしたお酒の匂いと熱いほろ苦さが広がった。

 

 「お酒……ですか?」

 マスターが言うには薄めてあるらしいが、飲んだ途端に体の芯が熱くなる。顔が赤くなっているのを自覚しながら、ソーマは眉根を寄せた。

 「ふふ、お酒は苦手だったかしら? 今度からはミルクでも持ってくるわね」

 マスターは子供をからかうように笑う。

 

 「それで、何か用事でしょうか?」

 そんな視線から逃れるように、ソーマはマスターが来た理由を問い直した。

 

 「そうそう、そうだったわね」そう言ってマスターは、懐から紙を取り出す。

 

 「さっき名前を書いてもらうとき、何か考えてるみたいだったわね。ペンの持ち方も慣れてるようだったし、もしかして、別の字でなら書けるんじゃないかって」

 

 「いや、それは……はい」

 

 「素直なのね」マスターは微笑む。「ハンナからの手紙にも、あなたが別の世界から来た、なんて自称したとあったけど……あれも本気だったの?」

 「ええ、まあ。……人に言っても信じてもらえないだろうし、これからはあまり喋らないようにと思ってます」

 

 「それが正解だと思うわ。私もいろいろな人を見てきたけれど、流石に別世界からの旅人なんて聞いたことがないもの」

 「やっぱりそうですか……」

 

 ソーマは小さく肩を落とす。時期を見て、マスターには異世界から来た人が他にもいないか聞くつもりだった。様々な話が集まってくるであろう冒険者ギルドのマスターなら、情報を持っているかと考えていたのだ。

 しかしマスターにも心当たりがないとすれば、手がかりを見つけるのには骨が折れそうだ。

 

 「まあ、そんなに気を落とさないで。話を戻すけど、今言ってた自分の国の文字で、名前を書いてみてくれないかしら?」

 

 マスターはそう言って、携帯式のペンと手のひら大の紙をソーマの方へ差し出してきた。

 「ペンの中にインクが入ってるから、そのまま書くのよ」

 

 (こういうのって万年筆っていうのかな…? じいちゃん家で見た気がする)

 高級品なのだろう、使い込まれた雰囲気のペンを手に取り、ソーマは日本語で名前を書く。

 

 「……これが俺の名前です。黒浜ソーマと読みます」

 

 「へえ……これが。前二つは東方文字に似てるような? 他にもこの字で書いてみてくれない?」

 

 マスターがこの世界の字で書いた単語の下に、ソーマは翻訳するように日本語で文字を書いていく。その度にマスターはうんうん頷いたり考えこんだりしていたが、紙が文字で埋まった頃には納得したような表情になっていた。

 

 「ふーむむ……なるほどねえ……。ここまで出来るとなると、嘘にしろ本当にしろ只者ではないわねえ」

 「あっもしかして……これだけ書いても信じてくれないパターンですか」

 

 「いや、そういう訳ではないんだけど……」マスターは困ったように笑う。「自分でも嫌ね、歳を取ると頭が固くなっちゃって」

 

 「そっか、フレアのおばさんなら結構な年齢ですもんね」

 

 「一度なら聞き流すけど二度目はないわよ」

 

 「いやっ、見た目が若いからつい……すみません」

 

 

 静寂が訪れた部屋。小さく笑うと気まずい沈黙を破ったのは、マスターの方だった。

 

 「冗談言ってる場合じゃなかったわ。ソーマ、ちょっと剣を見せてくれない?」

 「剣ですか? わかりました」

 

 そう返事をして、ベッド脇の壁に立てかけてあった剣を渡す。マスターは剣を受け取ると、慣れた手つきで鞘から引き抜いた。

 ローブに包まれた腕が優雅に揺れ、抜き放たれる刀身が光の弧を描く。

 

 「では拝見して。……ふーん? これはまた……。古刀? 付与痕は無し。拵えは随分な年代物に見えるけれど。マスターピース…でもなさそうだし、神代鍛造? まさかね……。」

 「あの……?」

 

 「ああ、ごめんごめん。とにかく、めったに見られない業物ってことだけは確か。これをどこで?」

 

 「すごい剣なんですか? 目が覚めたら持ってました」

 

 「……そう。じゃあ言っておくけど、この剣は本当に大切にしなさい。それに、抜くのは最小限にすること。余計な諍いが増えるのは困るでしょう?」

 

 「はい、わかりました」

 「本当に分かってるのか怪しいけど……。とにかく、変な人に狙われないように気をつけてね。今みたいにすぐ他人に預けないように」

 

 少し砕けたような、姉のような口調で説教をしながら、マスターは弄ぶようにゆっくりと剣を動かす。その動きは、ソーマから見ても玄人だとわかるそれだった。

 ソーマはその剣先をつられて見つめ、自分が丸腰であることに少しだけ心細さを覚えた。

 

 (実際に何かされなくても、武器を使えない状態はこんなに心細いのか……。少し前まで、武器なんて持ったこともなかったはずなのに)

 

 「そんなに怖い顔をされると気が咎めるわ。別に取って食いはしないから安心しなさい」

 

 マスターは怪しい笑みを浮かべながら言う。それを聞いて初めて、ソーマは自分の顔が強張っていることに気づいた。

 

 「あ」表情を隠せなかったこと、それを看破された恥ずかしさが湧いてくる。この恥ずかしさだけは悟られないよう、ソーマは表情を必死で取り繕った。

 

 「緊張感を持つのはいいことよ。実感するとしないとでは、剣を大事にしようとする心構えが変わってくるもの。あなたが強いのは報告でわかってるけれど、だからこそ心に留めておいて欲しかったの」

 「ありがとうございます、忘れないようにします。それで……」

 

 「何かしら」

 

 「そろそろ剣を返してくれませんか?」

 そう言ってソーマは、マスターの手に持たれたままの剣を見る。しかしマスターの手は、剣を離すことはなかった。

 

 「……」

 「マスター?」

 ソーマの言葉に、マスターは返事を返さない。ソーマは不思議に思い、マスターの顔を伺う。マスターの表情は、先程までとは打って変わって真面目なものだった。

 

 「……少し、話をしましょう」

 邪魔をしてはいけない雰囲気に呑まれ、ソーマはそのまま話を聞く。

 

 「昨日からフレアと一緒にいたのでしょう? ソーマの目に、あの子はどう映った?」

 「どうって」

 ソーマは質問の意味を把握しきれず、思わずオウム返ししてしまう。脳内には、フレアと過ごした二日間の記憶が蘇ってくる。

 「会ったばかりの俺にも優しくて、すごく助かりました。なんかこう……お姉ちゃんみたいな雰囲気で」

 

 「そう」マスターは短く言う。一呼吸置いて、静かに目を閉じて続ける。

 「それなら分かるかも知れないけれど、あの子は誰かのために頑張り過ぎちゃうことがあるの。だから」

 そう言って、マスターはソーマの目を見据える。

 

 「フレアのことを、あなたが守ってほしいの」

 「そんなの、当たり前ですよ」

 どんな話をされるかと身構えていたソーマは、拍子抜けしたように答えた。

 

 「道案内してくれて、一緒に冒険者ギルドにまで入ってくれて……。俺だけが冒険者になっても良かったのに。……そんな恩人を少しでも助けるのは当然ですよ」

 「……まあ、フレアが冒険者になったのは、あなただけが理由って訳じゃないだろうけれど」

 マスターの呟く声には、少しだけ憂いが混じっていた。こほん、と一つ咳払いをして、マスターは改めてソーマに問いかける。

 

 「じゃあ、約束してくれる?」

 「もちろん」ソーマは力強く頷いた。

 ソーマの言葉を聞き、マスターは微笑む。

 「ありがとう。それじゃあ、ここに跪きなさい」

 

 

 

 「そうそう、そうして膝を片方だけ立てるの。手は胸にかざして……なかなか様になってるわよ」

 未だにソーマの剣を返そうとしないマスターは、ソーマの身体のあちこちを剣で指し示す。

 ソーマは渋々従い、マスターに向かって跪く姿勢になった。

 

 「これでいいんですか?」

 ソーマは不安気にマスターを見上げる。

 「上出来! 放浪の騎士様って言っても通用するわ」

 

 ソーマは最初にこの部屋に着いた時、鎧どころか村長に貰ったマントを脱ぐ余裕もなく眠ってしまっていた。その格好のままマスターに起こされたので、今も軽鎧にマントという姿だ。

 

 

 天に切っ先を向けた剣。その柄が体の前に来るように、マスターは両手で剣を構えている。その構えは、儀式めいた、祈りを捧げる姿に見えた。

 

 マスターの、深く、どこでもない場所へと向けられたかのような瞳。その決然とした眼差しに吸い込まれて、ソーマは目を離すことができなかった。

 

 跪くソーマの肩先に、刃を横にした剣が差し出される。

 「黒浜ソーマ」

 「はい」

 

 「この剣に懸け、汝は」マスターは続ける。「冒険者として自由であれ」「誇りを持って生きよ」「人に誠実であれ」「弱き者を助けよ」「自由であれ」「そして、フレアを護れ……誓うか」

 

 「誓います」

 

 ソーマは宣言した。これから幾度と無く自分の命を預けるであろう剣に。そして、自分自身に。

 

 差し出された切っ先にキスをすると、マスターからソーマへと剣が返される。ソーマは剣を鞘に納め、もう一度抜き放ち、掲げる。

 

 質素な部屋で行われた儀式は、ソーマにとって異世界で初めて交わした契約だった。

 

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