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祝福の魔従騎士  作者: 藤堂
第一章 とりあえず、冒険者で
4/6

2話

 

 

 「おーい、大丈夫ですかー?」

 

 声をかけながら、ソーマは倒れていた村人達を助け起こす。ざっと見たところ、死者はいないようだ。

 

 「人命は守れた……のかな」

 互いの無事を確かめあう村人たちを眺め、ソーマは達成感に包まれる。

 

 その時、ソーマは誰かに声をかけられた。

 

 「あのっ!」

 「ん?」

 声のする方を見ると、三人が並んで立っている。禿げて長い白髭を蓄えた老人と、母娘のように見える二人の女性だ。

 

 声をかけたのは、さっき襲われていた女の子だった。ソーマと同じくらいのその子は、明るい茶色……というよりは赤に近い髪をしている。

 

 「私はフレアっていいます! さっきは本当にありがとうございます!」

 「どういたしまして、俺はソーマ。敬語はいいよ」

 

 「本当にもう駄目かと思った! あの後すぐ言えればよかったんだけど……手当てとか色々やってて今になっちゃった」

 「いいよ別に、お礼が欲しくてやったんじゃないし。それに、俺もフレアに助けてもらったしね……ありがとう」

 

 笑い合っていると、フレアの母親に見える女性が話を切り出した。

 「はいはーい、ちょっといいかなー? 私はハンナ。実は今、ここの村長さんを中心に、大人達の間でソーマ君を捕まえてもらう話が出てて」

 

 「え」ソーマの額を冷や汗が流れる。

 

 「ああ、ごめんごめん。そんなに深い意味は無いわ。街に救援依頼を送っちゃったから、騎士団に事情を聞かれるってだけよ。確認出来ればすぐ解放」

 

 「なるほど」

 (あれ? それじゃあ異世界から来た俺は面倒なことになるんじゃ……?)

 

 「その顔は、やっぱり何か事情があるのね?」ハンナがソーマの顔を覗き込む。

 

 「あれ? 顔に出てました? 実は……」(言うなら今しかないか)


 「実は俺は、日本という国から来ました」

 「日本?」

 「はい。日本という国は、多分……ここと別の世界にあります」

 

 ソーマは、目覚めてから自分の身に起きたことを話した。夢の中での話については、自分でも説明できないので黙っておいた。

 

 「――そこから先は、村の皆さんの見ていたとおりです。すぐに信じて貰えるとは思いませんが、これが、俺に起きたことです」

 

 

 「なるほど……。騎士団に話しても牢屋送りじゃろうて」村長が唸る。

 「おとぎ話みたいに聞こえますしねー。私はてっきり家出したどこかのお坊ちゃんかと」

 ハンナも村長に同調する。

 

 「私も、すぐには信じられない……。でも! 私にはソーマが嘘をついているようには見えない!」

 「そうだね、フレア。私もそう思うよ」

 「お母さん……」

 

 

 「とはいえ、村にいたら騎士団に見つかるし……。そこまで腕が立つなら……そうね、ソーマ君は、<冒険者ギルド>に入るべきだと思うの」

 ハンナはそう言って、ソーマに笑いかけた。

 

 

 (冒険者ギルドか……ますますネット小説みたいになってきたな)

 そう思いつつ、ソーマは訊ねる。

 「えっと、冒険者って?」

 

 「……んんー、魔物を倒したり、依頼をこなしたりしながらフラフラしてる人? あっでも、冒険者になるとギルドがあるどの街でも仕事はできるし、好きなときに好きな街へ旅できるし」

 話を詰めている大人二人に代わって、フレアが答えた。

 

 「旅人が普通な職業か……だから俺みたいな異世界から来た人でも、不自然に思われないのかな」

 (夢で見た謎の声も魔物を倒せって言ってたし、自由度高くて結構楽しそうだし)

 「よし! 冒険者ってのになるよ!」

 

 

 「決まりね!」フレアが笑う。「それじゃあ、まずはルーディスに行かないと。ルーディスのギルドを管理してるのがお母さんのお姉さんだから、頼めばなんとかなると思う……んだけど」フレアの声が、急にか弱くなる。「大丈夫? 一人でちゃんと暮らせる?」

 フレアが目を伏せると、長いまつげが微かに震えていた。

 

 「多分、大丈夫だよ」

 

 「そう……」

 

 フレアはそれだけ言うと、じっと地面を見つめていた。黙ってしまったフレアの前で、ソーマも何も言わなかった。

 

 「……じゃあ、教えることは教えたから」

 フレアはひらひらと手を振って、自分の家へと帰っていく。

 

 「それじゃ、よろしくお願いしますねー?」

 ハンナも村長に挨拶すると、自宅へと帰っていった。

 

 

 ソーマ殿はこっちじゃ」

 村長に案内され、ソーマは村長宅――屋根が乗っている程度には無事だ――で茶を飲みながら待つ。

 

 「ほれ」

 しばらくすると、村長が荷物を抱えてやって来た。

 ソーマは慌てて、村長が両手に抱えたマントや食料、ギルドへの紹介状を受け取る。

 

 「ありがとうございます、こんなに色々頂いて」

 「なあに、村を救って頂いた礼としては安いくらいですじゃ。気にしないでくだされ、我が孫よ」

 

 「……孫?」ソーマは耳を疑う。


 「左様。ギルドに宛てた紹介状の上ではということになっておるんでの。息子がどこぞでこさえた孫が帰ってきた、冒険者になりたいらしい、とな」

 「そんなことまで……本当にありがとうございます」

 「ええんじゃええんじゃ、面白そうなことは嫌いじゃないでの」

 村長は楽しそうに笑う。

 

 

 「では……ごほん。ソーマよ! リット村村長ココルの息子トールズの息子よ! 旅立ちの時じゃ!」

 

 「村長……いや、おじいちゃん!」

 「なんじゃ」

 「かわいい名前だったんですね」

 「放っとけ!」

 

 

 ――

 

 

 ソーマは村の出口を進み、水車小屋の横を通り過ぎた。水車を動かすための動力にもなっている水路が、道と平行して続いている。

 

 「確か、村長に聞いた話だと……」

 独り言を呟きつつ、ソーマは進む。しばらく進むと、村から出た道は大きな街道に繋がっていた。

 

 「ここ右だっけ? 左?」

 街道に繋がる丁字路の前で悩むソーマ。しばらく悩んでみるものの、忘れた道筋は全く浮かんでこなかった。

 

 「まあ適当にいくか」

 開き直って、ソーマは左に向かって足を踏み出す。その瞬間、後ろから微かに声が聞こえてきた。

 

 「――!」

 何と言っているかは聞き取れない、微かな声。その声の方向に、ソーマはゆっくりと振り返る。

 呼び声の主は、ソーマからは豆粒ほどにしか見えない。立ち止まってその人影を待ちながら、ソーマは近づいてくるその姿を眺める。

 

 落ち着いた色合いのワンピースのような服。その上から、コートを着込んでいるようだ。夕焼けにも似た色の髪ははゆるやかな癖がついていて、少女の走りに合わせてふわりと浮いて宙に溶け込む。

 

 ソーマに追いついた少女は、はあはあと大きく息をする。ソーマが眺めていると、息を整え終わった少女は笑った。

 

 

 自信たっぷりの笑みのまま、少女――フレアはソーマの肩を小突く。

 「だから右だって! ……心配だし、仕方ないから一緒に行ってあげる!」

 



――

 

 

 自信満々な顔のフレアに先導され、ソーマは街道を進む。

 前を歩くたびに揺れるフレアの髪が、夕日を受けて篝火のように輝く。

 

 

 「ん、どうしたの?」

 前を進むフレアを見ていると、フレアが急に振り返った。目が合ってしまい、ソーマはちょっと焦る。

 「ああいや、今更だけど案内してくれてありがとう」

 「いいのいいの、好きでやってることだから! それに、ルーディスには私も母さんから頼まれた用事があるし」

 

 「そうなんだ……でもありがとう。そういや、そのルーディスって所にはあとどのくらいで着くの?」

 

 「明日になるねー」

 フレアは歩く速度を落とし、ソーマの隣に並ぶ。

 

 「泊りがけか…」

 

 「もうちょっと行くと森があるから、そこで野宿かな。……もうちょっと準備してくればよかったかも」

 手をぶらぶらさせてフレアが苦笑する。

 

 それから二人で歩き続け、丘の稜線に夕日が沈みそうになった頃。街道の隣に、ぽつんとした森が見えてきた。

 

 「あそこが野宿するって森か」

 「日暮れまでには着きたかったんだよねー。よし! 走ろう!」

 

 そう言った途端、フレアは走りだした。ソーマも急いでその後を追いかける。

 

 

 休憩所だという森には、小屋のようなものは無かった。森の街道に面した部分が拓かれ、広場のような空間が設けられているのみだ。

 (キャンプ場みたいな感じか)なんてソーマは思う。

 

 

 二人で薪を集めた後、フレアが慣れた手つきで薪を並べる。

 少し前に手伝おうとして盛大に枝を倒してしまったソーマは、黙ってその姿を見守るしかなかった。

 

 「そういえば」ソーマが気付く。「フレアって、火起こしの道具は持ってるの?」

 「ふふーん! 見ててよ?」

 

 フレアの指先に、微かな光が灯る。

 次の瞬間、人差し指の先に燃える光の球が浮かんでいた。


 

 「うおっ!?」

 「これを使いまーす」

 驚くソーマを見て満足気に笑うと、フレアは火球を指の少し先に燃やしたまま、人差し指を薪に近づけた。

 みるみるうちに燃え上がった焚き火に、ソーマは感嘆の声を上げる。

 

 「すげえ……! さっきの光の球、どうなってるんだ!?」

 

 早々に焚き火で暖を取り始めたフレアは小さく笑って、もう一度指先に光球を灯す。

 

 「でしょ!? ま、こんな小さなのしか作れないんだけど……。これが、私に与えられた祝福(ブレス)なの」

 

 

 「ブレス……って?」

 ぽかんと口を開けたまま、ソーマはフレアに聞き返した。

 

 「それも知らないの?」フレアは光球を飛ばして、指の周りでくるくると回しながら言う。「祝福ブレスを知らないってことは……本当に別の世界か、もしくは相当の田舎から来たみたいだね」

 うちの村も田舎だけどさ、と続けて、フレアはからからと笑う。

 

 「まあいいや。……ちょっと長くなるから、話はご飯食べながらにしよっか」

 

 

 夕食をとることにした二人は、それぞれ持っている食べ物を出しあう。

 ソーマが持っていたのは、黒パンをスライスしたものが三枚と、チーズが二片、それに袋状の水筒。どれも村長が用意してくれたものだ。

 フレアがバッグから出したのは、ソーマと同じような黒パンが一枚だけだった。

 

 「それじゃ、いただきます」

 小さく手を合わせて、ソーマがパンを一枚かじる。ソーマの姿を、というよりソーマの食べているパンを、フレアはじっと見つめていた。

 

 「どうしたの…?」

 

 「いや……これは別に私がお腹空いてるって意味じゃないんだけどね?」

 

 ソーマの視線に気づき、フレアはぶんぶんと手を横に振る。

 「でも、私ここまで急いできたし、朝から何も食べてなかったし……。

 その上で焚き火も頑張って作ったし、道案内のお礼……じゃなかった、これは好きでやってるから別にお礼とかじゃなくて!」


 

 早口で言い続けるフレア。そのお腹から、獣が唸るような大きな音が鳴る。

 

 「……」

 「……」

 顔を真っ赤にさせてうつむくフレア。二人の間を、気まずい沈黙が流れる。

 

 

 やがてソーマはフレアの膝の上に、パンとチーズを一つづつ置いた。

 「半分こな」

 

 「……ありがとう」

 フレアは小さな声で言うと、うつむいたままのままコートのポケットからナイフを取り出した。

 チーズを薄くスライスして、パンの上に乗せていく。

 

 パンの上にフレアが手をかざすと、チーズがみるみるうちに焼け始めた。辺りには、焦げたチーズとパンの香ばしい香りが立ち込める。

 

 「焚き火でやってもいいんだけど、こっちのほうが速いしやりやすいんだよね」

 小さく笑って、フレアが焼きたてのトーストにかぶりつく。

 うまそうだと思った瞬間、今度はソーマのお腹から大きな音が鳴った。

 

 

 一瞬の沈黙の後、堪えきれなくなった二人は同時に笑う。

 「ふふっ。いいよ、ソーマのパンも貸して?」

 

 そういうと、フレアはソーマのパンでチーズトーストを作った。手渡されたトーストを一口食べたその瞬間、パンの香ばしさと濃厚なチーズの風味が口いっぱいに広がる。

 

 

 「あっこれルーニニカの花のお茶だ! いいの飲んでるねー」

 

 自分のトーストを食べ終えたフレアは、いつの間にかソーマの水筒を持っていた。水筒の口を開けたまま、ソーマの方へ渡してくる。

 

 (これ間接キス……)

 

 よこしまな考えがよぎり、ソーマはフレアの方を横目で見る。お茶を飲んだばかりのフレアの濡れた唇が、焚き火の光で光る。

 

 (こういうのは下手に意識しちゃだめだ……意識しちゃだめだ……)

 

 ソーマは自分に言い聞かせながら目を逸らし、微かに震える手で水筒のフタを閉めた。

 

 

 ――――

 

 トーストを食べ終えた後、二人は焚き火を囲んでくつろいでいる。

 

 「それで、ブレスって何なの」

 

 「あーそうだった、その話だよね。祝福ブレスっていうのは、神様がくれた不思議な力なの。」

 

 (ああ、そういう能力ね。ゲームとかによくあるやつか)ソーマは納得する。

 「なるほど、なんとなく分かった。フレアの使えるの以外にも色々あるってこと?」

 

 「あるよー! 私のは小さな力だけど、もっと大きな火を起こす人とか、水を操る人とか色々! あとは海を割るとか山を崩すとか……これは昔話の話だけど」

 

 (ということは、俺が急に強くなってるのも何かの祝福ブレスなんじゃないか?)

 

 「じゃあさ、突然剣が強くなれるって種類はないの?」

 

 「力って意味なら多いよ。あとは足が速くなるとか、目がすっごく良くなるとか。でも、剣術が突然身につくってのはアカデミーでも聞いたことなかったかな。」

 

 「そうか……ありがとう。アカデミーって?」

 

 「……ああ、学校だよ。勉強とか研究をするの。ソーマの暮らしてたとこには学校は無かったの?」

 フレアの声色が少し暗くなった気がした。

 「あるよ、俺も学生だし。……戻れたらの話だけど」

 

 (戻れたら、か。戻れるかどうか以前に、俺は戻りたいのか?)自問自答したが、どっちみちなるようにしかならない。

 大して悩むこともなく、ソーマは今いる世界のことに思考を移した。フレアも何も言わず、焚き火をつついていた。

 

 

 やがて、フレアは大きくあくびをする。

 寒そうに首を引っ込めながらコートのフードを被ったフレアに、ソーマは自分の着ていた外套を手渡す。

 

 「寒くなったし、これ着ときなよ」

 「ん、ありがとー……」

 半分眠ったままでお礼をいうフレア。彼女はソーマの外套に包まると、すぐに小さく寝息をたて始めた。安心しきった様子で寝息をたてるフレアは、改めて意識するとものすごくかわいい。

 

 「火の番だけってのもの暇だな。素振りでもするか」

 

 すっかり穏やかになった焚き火に枯れ枝をくべた後、ソーマは素振りを始めた。剣を振るたびに、今日の戦いが脳内に浮かんでは消える。

 

 (今日は本当に、本当に色々あった。知らない場所に来てるし、何故か強くなってるし、魔物とは戦うし、冒険者になる旅にも出ちゃったし……驚くことばかりだ。でも、この世界も悪くないよな)

 

 心のなかで呟くと、ソーマは小さく笑いかけた。この世界で最初に友人になってくれた、フレアの寝顔に向かって。

 


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