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祝福の魔従騎士  作者: 藤堂
第一章 とりあえず、冒険者で
3/6

1話

 

 ソーマが最初に感じたのは、むせ返るような草の匂いだった。

 意識がはっきりするとともに、閉じた瞼に優しく光が差し込んでくる。

 

 「うーん……? なんだあの夢」

 ソーマは片手で目をこすりながら、もう片方の手をついて体を起こす。地面は、やわらかな土と草の感触がした。

 

 

 「どこだ、ここ?」

 目が覚めてきたソーマは、キョロキョロと辺りを見回す。

 

 目に映るのは、すぐ後ろにそびえる一本の大樹と、その周りを囲むように生えている草地。草地の向こうは森になっていて、先が見通せない。

 

 大樹の周りを歩きまわった後、ソーマはやっと違和感に気づいた。

 

 「なんだこれ……?」

 慌てて自分の体を確かめる。いつの間にか、革と金属で造られた黒い軽鎧を着ていた。ご丁寧にも、腰には細身の剣まである。

 

 「なんだこれ!? まるでゲームか、ネットの小説みたいな……それじゃあさっきの夢は本当に……!?」

 

 

 頭は混乱続きだが、体の方は何も異常がないらしい。それどころか、体は今までにないほど軽い。

 ソーマは自分が寝ていた大樹の根元まで戻る。さっきは気づかなかったが、そこにリンゴが一つ転がっていた。

 「異世界に来ちゃったってことか……まさか自分がこうなるとは。……つっても、ずっとここにいても仕方ないよな」

 そうぼやき、リンゴをポケットに入れた。

 

 今いる草地を通過するように、森から小道が続いている。ソーマから見て右側は下り道で、左側は上りになっている。

 「ものすごい山奥……ってわけでもないのか?」

 祖父母の住む田舎で聞いた知識が頭をよぎる。こういった道は、人か獣が通っていなければすぐに消えてしまうらしい。

 

 「どっちにするかな……まずは人のいそうな場所に出ないと」

 森の先を目指し、ソーマは下りの道を一人歩き出した。

 

 

 

 森の中の植物は、ソーマの知るものと微妙に違う気がしたが、詳しくはないのでよく分からなかった。枝を拾って振り回しながら、10分くらい歩く。

 

 細い下り道を抜けると、そこから先は一面の草原になっていた。風に揺れる茶色がかった草の中に、まばらな木と岩が寂しく立っている。

 

 後ろを振り返ると、森の向こうに、雪を冠した峰々がそびえ立っていた。もし逆方向に進んでいたら、大変なことになっていたのかもしれない。

 

 

 「あれは……?」

 よく見ると草原の向こうから、一筋の煙が立ち上っている。煙はどす黒く、不吉さを感じさせた。

 

 ソーマの心臓が、苦しいほど鼓動を強める。

 

 (あの煙の根本に、魔物がいる。自分はそこに行き、魔物を倒さなければならない)

 理由は分からなくても、そう確信できる。

 

 見えない何かに突き動かされるように、ソーマは走りした。

 

 

 

 煙の発生源に辿り着いたソーマが見たのは、破壊の限りを尽くされた農村の姿だった。

 広場を囲むように、簡素な家……だったガレキが散らばっている。かまどの火が燃え移ったのか、火の手があがっている家も見えた。

 

 「あの煙が見えたのか……って大丈夫ですか!?」

 

 広場に何人もの男達が倒れているのが見え、ソーマは急いで男達に駆け寄る。

 男達は自分と変わらないような若者や、老人というべき年齢の者がほとんどだった。

 

 一番近くの、明るい茶髪の少年を助け起こす。あちこちが傷付き、足も骨折しているようだが、見たところ意識には問題ないようだ。

 

 「むこう…まだ」

 そう言いながら、茶髪の少年はゆっくりと指を動かす。指が示した先には、まだ扉以外壊されていない一軒の家があった。

 

 「わかった」

 ソーマが彼の瞳を見つめ、頷く。それを見た茶髪の少年は、緊張の糸が切れたかのように意識を失った。

 

 

 一瞬後、ソーマは無事な家に向かって走りだす。

 何故先に怪我人を助けない? それ以上にやるべきことがあるから。

 何故走る? 手遅れになる前に守りたいから。

 何から守る? 今そこにいる、村を襲っている脅威から。

 

 そしてソーマは、村を脅かしている元凶――3匹のゴブリンに追いついた。

 

 

 * * *

 

 

 時間は、ソーマが森で目覚めた頃に遡る。

 

 「よーしよし、いい子だから大人しくしててねー?」

 魔物がやってきた時、フレアはいつものようにヤギの世話をしていた。

 夕日で染めたような茜色の髪はゆるくウェーブしていて、外にハネながら背中まで伸びている。

 

 家にいるのは、母親のハンナとまだ幼い弟のキーア。三人で朝食を食べ終えると、フレアは山仕事をしている父の無事を祈った。

 ささやかな食事の後、フレアはいつものように畑へと向かう。

 

 迫り来る魔物は、そんな日常を容易く破壊するのだった。

 

 

 普段鳴ることのない早鐘が、けたたましく響く。

 「そんな、この鳴り方って……魔物!?」フレアの瞳が驚きで見開かれる。

 

 魔物。人間とは異なる理の生き物。体内の魔核を砕かない限り、その力によって生き続ける存在。

 

 

 村の男は木を伐りに行っており、武器も乏しい。戦える人がほとんどいない今、村が滅ぼされるのは明白だった。

 

 「フレア! 村にゴブリンが来たみたい! 残ってる男の人達が戦う準備をしてるから、急いで地下室に!」母親のハンナが呼ぶ声が聞こえてくる。

 

 フレアは家族と一緒に家に入り、土間の地下に掘られた貯蔵庫に隠れた。入り口は敷物で隠され、一目ではそれと分からない仕掛けだ。

 

 頭上、板越しに村の騒ぎが聞こえてくる。

 魔物相手に戦う男衆の雄叫びは悲鳴に変わり、今は何かを壊すような激しい物音が聞こえるのみだ。

 

 「私も戦う」

 「駄目よ! フレアが行ったところで何も変わらないわ」

 「でも」

 「今出て行ってもどうしようもないのは分かってるでしょ!」

 「でも……!」

 悔しげに唇を噛むフレア。握った拳には、血が出んばかりに爪が食い込む。

 


 (村の人は大丈夫かな……。私は、家族はどうなっちゃうんだろう。父さんが帰ってきたらどう思うかな……。せめて、母さんとキーアだけでも助けないと)


 

 フレアが考えている間に、ゴブリンの足音が近づいてきた。今ではすぐ頭上を、ドカドカと乱暴な足音が蹂躙している。

 家具が壊れていく音。地下のフレアたちは、必死に息を潜め続ける。

 

 

 上では人がいないと勘違いしたのか、ゴブリンは苛立ち地団駄を踏んだ。その怒りをぶつけるかのように、床へ剣を振り下ろす。

 

 破壊音共に切っ先が天井板を突き破り、弟のキーアの目前で止まる!

 「――ッ!!」

 

 キーアが声にならない悲鳴を上げた事は、仕方のないことだろう。しかしそれが、フレアたちにとって致命的だったこともまた事実。

 剣を引き抜いた跡にゴブリンの指が差し込まれ、地下貯蔵庫を隠していた木板は無造作に投げ捨てられる!

 

 フレアの燃えるような夕焼け色の瞳と、ゴブリンの濁った視線がぶつかる。弟を後ろに隠して一歩も引かないフレアの肩を、ニヤニヤと笑うゴブリンが掴み上げる。

 

 フレアは意を決して、ゴブリンに蹴りを放つ!

 「母さん、キーア、逃げて!」

 

 「ギ?」

 ゴブリンは意に介さず、フレアを腕で吊り上げる。

 「姉ちゃんを離せ!」

 

 弟は家にあった農具でゴブリンを殴りつける。しかしゴブリンには効かず、近づいてきた別のゴブリンに殴り飛ばされてしまった。

 

 

 「ぎゃっ!」

 「キーア!」

 家族の傷つく姿を見て、フレアの目に改めて怒りが浮かぶ。

 

 「これでも……食らってろ!」

 フレアの右手のひらに小さな火球が浮かぶ。火球を浮かべたままの手のひらを、ゴブリンの腕に押し付ける!

 

 ジュウゥゥ……という音がするとともに、一瞬嫌な臭いが鼻をかすめる。

 「ギイィ!」

 流石に効いたのか、ゴブリンは金切り声を上げてフレアを離した。

 

 「やった!」

 笑みを浮かべるフレアだったが、その表情はすぐに凍りつく。

 ゴブリンがこちらに向かって、剣を振りかぶったのだ!

 「あ……」

 刃こぼれと汚れにまみれた、ひどく野蛮な剣。その剣に射すくめられたように、フレアの体から力が抜ける。

 

 フレアは、思わず目を閉じた。

 (あーあ、死んじゃうのか……。母さんもキーアもちゃんと逃せなかったな)

 身を強ばらせるフレア。

 

 

 その瞬間、彼女の耳に少年の叫び声が届いた!

 

 

 

 * * *

 

 

 

 まだ倒壊していない家に、ゴブリンが集まっている。

 破壊されたドア越しに、中の様子が少しだけ見える。剣を振り上げるゴブリンと、その目の前で座り込む少女。

 

 その光景を見た瞬間、ソーマの中で何かが弾けた。

 

 

 「止まれ! 魔物野郎!」

 ソーマは叫び声を上げながら駆ける!

 

 魔物は緑の肌をして、ソーマの背より頭ひとつは小さい。その背の高さに反比例するように、その体はごつごつとした筋肉で覆われている。

 

 (ゲームで見たゴブリンそっくりだな)ソーマの脳裏にかつての日常の記憶がよぎる。

 

 ゴブリン達は少年に気づくと、少女ではなくソーマを迎え撃つかのように武器を構えた。血走った目を見開き、今にもこちらに襲いかからんばかりだ!

 

 

 初めて見る怪物を前にしても、ソーマは恐怖を感じていなかった。

 「どうせ雑魚だろ!」

 

 走りながら一気に剣を抜き、構える。異世界に来た時に、戦うための力も備わったようだ。

 

 

 一番手前にいたゴブリンが金切り声をあげ、棍棒を振り上げる。棍棒が振り下ろされるより早く、ソーマはその腕に素早く斬りつけた。

 

 白銀に輝く刀身が、空中に光の弧を描く! 宙に飛んだのは切り離されたゴブリンの腕!

 

 跳ね上がった魔物の腕が地に落ちるより先に、ソーマは別のゴブリンの胸元を真横に切り裂く!

 「ギ……」

 二体目は何も出来ないまま、地面に倒れ伏して動かなくなった。

 

 少し前まで少女を斬ろうとしていた最後のゴブリンは、剣から背負っていたボウガンに持ち替えようとしている。しかしこの距離ならば、矢が放たれるよりソーマの剣が早いだろう。

 

 「終わりだ!」

 

 ソーマは最後のゴブリンに向かい駆け出す。彼の意識の中には、あと一息で倒せる目の前のゴブリン以外はなかった。

 

 「危ない!!」

 「!?」

 ソーマは声がした方向を見る。さっきまでゴブリンに襲われていた少女だ。

 「何が危な」

 ……そう言おうとした瞬間、彼の体は真横から激しい衝撃を受けた!

 

 「っ……!ぐあっ……!!」

 想定外の方向からの衝撃を受け、ソーマの体は吹き飛ばされ、地面の上を数度転がる。

 

 (何が起きた?どこからやられた?誰に?)

 不意打ちの正体を考えていた彼は、不意に殺気を感じて素早く跳ね起きた。一瞬後、頭があった場所に突き刺さる矢!

 

 「は!? なんでこいつら」

 

 動いているのは、次の矢を用意しているゴブリンだけではない。目の前に立ちはだかるのは、先程斬り伏したにも関わらず、斬られていない方の腕で棍棒を振り回すゴブリンの姿だった!

 

 「腕を斬るだけじゃダメってことかよ!」

 棍棒ゴブリンはボウガンのゴブリンを守るように、ソーマの前に立ちはだかっている。まず棍棒ゴブリンめがけ、ソーマは素早く斬りかかった!

 

 

 斬り落とした腕の側に回りこみ、ゴブリンの腹を裂く! 飛び散る血飛沫!

 「殺った!」

 確実な手応えが、剣を通してソーマの手に伝わる。

 

 そのままボウガンのゴブリンめがけて進もうとしたソーマは、嫌な予感を感じて今斬ったゴブリンを確認した。

 (まさか……)

 

 腕を斬られ、腹を割かれながらも、そのゴブリンはまだ動いていた。人間ならとっくに死んでいるであろう怪我をして、なお戦いをやめない魔物。とどめを刺そうと剣を振りかぶるソーマを、ボウガンの矢が阻んだ!

 

 

 「なんだよこいつ! 不死身なのか!?」

 

 悪態をついて、ソーマは距離を取る。一体の力は大したものではないが、同時に攻撃されると面倒だ。完全に倒しきらないと、さっきのような連携が牙を剥く。

 

 

 「そいつらは魔物だから魔核を壊さなきゃ死なないって!」赤髪少女が再び叫ぶ。「頭か心臓でも動きを止められるけど、完全に死なせるには胸の魔核を壊して!」

 

 「……あいよ!」

 

 声のおかげで、ソーマにも敵以外を見る余裕が生まれる。

 

 煙の匂い。入り口が破壊された家屋。

 その家屋にもたれかかり、こちらに叫んでくれた赤髪の少女。少女のそばで倒れている、赤髪の女性と男の子。

 日光を反射して輝く右手で持った剣

 。その切っ先についたゴブリンの血。

 乾いた地面。

 そして……砂になって崩れ去ろうとしている1体のゴブリンの姿!

 

 「なるほど」

 そこで初めて、ソーマは気付く。倒れ伏し、今まさに砂のように崩れようとしている1体。このゴブリンは最初の剣戟で、胸を深く斬りつけた個体だ!

 

 「ありがとう! 胸!」

 

 

 ソーマは叫びつつ、片腕ゴブリンの胸部を二度斬りつけた! ボウガンの攻撃を警戒しながら、倒れた片腕のゴブリンを観察し続ける。

 

 胸の魔核を砕かれたゴブリンはあっけなく倒れ、微動だにしないただの物体に変わる。ゴブリンの亡骸は、存在そのものが薄れるかのように灰色になり、砂のように崩れていった。

 

 

 「「……よし!」」

 ソーマと少女の声が重なる。ソーマと少女は目を合わせ、ニヤリと笑った。彼はそのまま、残るボウガンゴブリンへと歩み寄る。

 

 魔物はボウガンを発射したが、一矢たりとも目標に当たることはなかった。

 

 最後のゴブリンに近づいたソーマは、剣に持ち替えようとするゴブリンの胸を一息で刺し貫いた! 突き刺したままの剣を、胴体を切断するよう真横に振り抜く!

 ゴブリンは一瞬痙攣し、静かに地面へと崩れ落ちた。

 

 「ふう……これで終わりだな」ソーマは呟くと、剣を鞘に収める。

 

 こうしてソーマは、初めての戦いに勝利した。

 

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