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祝福の魔従騎士  作者: 藤堂
序章
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序章

 月明かりの中を、二つの影が走っている。

 

 前方にいる長身の女性は、無骨な鎧に身を包む女騎士だ。

 美しい黒髪が乱れることも気にせず、深刻な表情を浮かべて走り続ける。

 

 女騎士にに手を引かれて走っているのは、彼女より頭一つ分背の低い少女だ。

 

 幼さの残る顔立ちと月光にきらめく銀髪は、造り物のように整っている。頬を上気させ、怯えた表情を浮かべていなければ、本当に人形と見間違えてしまいかねない。

 簡素なワンピースは身を包むにはあまりに頼りなく、少女は走りながら寒そうに首をすくめた。

 

 

 頂に万年雪を残した雄大な山の、草もまばらな中腹。露出した岩や石造りの遺跡の中を、二人は逃げている。

 銀髪の少女は、時々止まって後ろを振り返る。黒髪の女騎士は少女の手をきつつ、警戒を途切れさせない。

 

 星空がそのまま降りてきたような、冷たく澄んだ空気。必死に進む二人の後ろに遠く見えるのは、異形の魔物だった。

 女騎士の背丈の三倍はあろうかという巨躯の獣。地面を這う多腕の蟲。不定形な体をうねらせる、腕も脚もない半透明の異形。その姿は様々だが、赤く光る目から読み取れるのは明確な敵意。

 魔物らはじわじわと少女達の元へ、蠢く闇の一塊となって今にも押し寄せようとしていた。

 

 

 「はぁっ、はぁ……ルシエラ……もう無理……」

 銀髪の少女が立ち止まり、苦しそうに喘ぐ。標高の高い山を走り続けるのは、慣れていない限り相当の苦痛だろう。

 「そうか、よし……ナナ、私の首に手を回して」

 ルシエラと呼ばれた黒髪の女騎士は、そう言って銀髪の少女を抱きかかえる。そのまま息も乱さずに、先程よりも速く山道を駆けていく。

 

 数分も走ると遺跡は姿を見せなくなり、代わりに眼前には針葉樹の森が近づいてきた。

 彼女たちを追う魔物の数は変わらず、その足音や鳴き声が否応なしに耳に届く。

 「逃げ続けるのは限界か……」

 ルシエラは立ち止まると、銀髪の少女をそっと地面に下ろした。

 

 「立てるか、ナナ」

 「うん」

 ナナ――銀髪の少女は頷く。その頭に、ルシエラの掌が置かれた。

 「では、ここからはナナが先に進んでくれ。道は分かるな?着いたらじっと隠れているんだぞ」

 

 「ルシエラはどうするの……?」

 「心配ないさ、すぐ追いつく」

 「……あのさ」

 「どうした?」

 「ナナ、ちゃんとできたんだよね?」

 そう問いかけたナナの瞳は潤み、今にも溢れ出しそうだ。ルシエラはナナの頭を優しく抱いた。

 

 「勿論だ。召喚は成功したぞ。少々呼び出し位置がズレたようだが……古い魔法と古い陣での結果なら上出来だろう」

 「えへへ、よかった……じゃあ行ってきます!」

 「ああ、気をつけてな」

 ナナはそれっきり、振り向かず森へと駆け出す。ルシエラはそれを見守ると、魔物の群れに向き直った。

 

 

 (行ってきますに気をつけて、か……。これではまるで、お使いにでも送り出すようだな)

 ナナの足音が遠ざかるのを確認しつつ、ルシエラは一人苦笑した。

 「さてと……。十、二十、三十……奴等も減る気配が無いな。まあ、伝令を送る能もない雑魚ばかりなら都合がいいか」

 そう呟くと、ルシエラは剣に手をかける。

 

 「一人で戦うなら、ナナを怖がらせることもない」

 

 ゆっくりと剣を抜く彼女の体が、だんだんと薄い光を帯びてる。次第に強さを増す光は頭部に移動し、光の束となって額に収束した。

 次第に光が消えると、ルシエラの額に捻れた一本の角が現れた。


 彼女もまた魔物。位階こそ違えど、眼前の異形たちと同じく人ならざる存在である。

 

 ルシエラは剣を構える。眼前には、生臭くすえた匂いまで届くほど間近に迫った魔物たち。

 

 「それにしても、こういう時にこそ必要だったのだが……。ナナが呼んだ勇者は、一体どこに飛ばされたんだ」

 小言を一つ吐いた後、ルシエラは魔物の群れへと飛び込んだ。

 

 

 * * *

 

 

 彼が目覚めた"そこ"には、一切何も存在していなかった。

 物質も無ければ光もない、どこまでも続く暗闇。上下の感覚すらないその空間に、身体のない彼の意識だけが存在していた。

 

 (なんだ…ここは)混乱する彼だったが、いくら戸惑おうとも答えが出るはずもない。

 

 彼が途方に暮れる中、何もなかった世界に一筋の光が射した。光の中からは、不思議な声が響いてくる。

 

 「あなたは」

 女性の声のように聞こえるが、年齢は分からない。落ち着いて厳かな、しかしどこか異質な響きだった。

 「誰ですか?」

 

 

 「俺……? 俺は……」

 身体のない彼が考えると、意識がそのまま声になった。光の声に問われるまで、彼は自分が誰なのかさえ意識をしていなかったのだ。

 

 

 「俺は、黒浜ソーマ、です」

 彼――黒浜ソーマは、噛みしめるようにそう答えた。

 その瞬間、世界に彼の身体が出現した。そこまで鍛えているようにも見えないが、一応は引き締まっている肉体。茶色がかった髪はくしゃくしゃと乱れ、良くも悪くもない顔の中では栗色の目が輝いている。

 

 「それだけ思い出せれば十分でしょう」

 光の声が言った途端、ソーマの前に風変わりな机が現れた。ソーマの胸ほどの高さがあり、狭い天板とキリンのように細い脚をしている。

 

 机の上には、毒々しいほど赤いリンゴが乗せられていた。

 

 「もう一つだけ聞きます。あなたはどうやって、このリンゴを取りますか?」

 

 「え?」

 声を受け、ソーマはリンゴに手を伸ばす。

 しかしリンゴは、するりと逃げるように机ごと遠くへ動いた。

 「あれ?」

 次はゆっくりと手を伸ばしてみる。手はリンゴに近づくほど重くなり、リンゴの直前では見えない壁に埋め込まれたようにびくともしない。

 

 「なんだこれ……?」

 その後も頭を捻って試行錯誤するものの、一向にリンゴを掴むことは出来ない。

 手を伸ばしては失敗することを繰り返し、どれほどの時間が経っただろう。リンゴはソーマの手から逃げ続けたが、ソーマが諦めることはなかった。

 

 「どうやって取るか、って言われてもな……」ソーマは困った顔をした後、不敵に笑う。「とにかく全力で試してみるしかないだろ!」

 開き直って、がむしゃらに腕を繰り出す。リンゴはやはり逃げ、時にはソーマの手を見えない壁で阻んだ。そのまま続けていると、光の声がまた響く。

 

 「……とにかく全力で、ですね。あなたの選択を聞き届けました。」

 少し呆れたような色を含んだ光の声が消えたと同時に、ソーマはあっさりとリンゴを掴んでいた。ソーマを妨げていた力が、すべて消えてしまったかのようだ。

 

 「取れた! ……で、この後は?」

 リンゴを持ったまま、ソーマは光に向かって尋ねる。

 

 「これからあなたには、世界を救ってもらいます」

 「世界を……?」

 「あなたの向かう先には、世界を影から操ろうとする魔物たちがいます。彼らの野望を砕き、真の自由を」

 「俺が……? そんなこと言われても、俺はただの学生で」

 

 「そのための力は、既に選択されました。この選択が、どうかあなたにとって祝福でありますように」

 「それってどういう……うわっ!?」

 ソーマの周りを、金色に輝く光の渦が取り巻く。暖かく、気持ちのいい光。その奔流に包まれながら、いつしかソーマは意識を失っていた。



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