裏切る罪
「美味しくない……」
窓辛が涙を流してカンパンを食べている。
「泣くな! 余計辛くなるだろ!」
佐剛も窓辛に言っているが、涙目になっている。食事も前と変わらないメニューだ。三科太が成人式に買ったスーツは、ここに捕まってから、もうしわくちゃのままだ。
「計画を立てて一日が経ったが、上手くできたか?」
「まあ一日って言うより、一回の授業を受けた後が正しいんだけど。あれは授業じゃなくて拷問か」
確かに治代の言う通りだ。朝からのあの校訓、集団行動に失敗すれば筋トレを、休まず続いた。だがやらなくてはいけない。
他の奴等も、説教部屋に行きたくない為に必死だった。あの倉負が、昨日とはまるで別人だったからだ。校訓はハッキリと言っていたが、いつも震えてみえた。どれだけ酷い事をされたのか、皆が予想してしまう。
説教部屋に行かれない様に、俺達は調べた。そして今、五時間の休憩中に、集めた情報で策を立てる。
「窓辛、お前に頼んだ事は、外に行くルートを見つける事だったな」
「お前の言った通りやった。まずここが何階か分かればいいんだよな。トイレに行く途中に気持ち悪いと言って、無理矢理窓を開けた。黒スーツの男は、慌てて閉めたが、ちゃんと確認した。ここは二階だった」
そうなると階段が必ずある。もし学校と同じならその近くに出口があるはずだ。
窓辛は高所恐怖症だったため、案外高くない階でよかったとホッとした。
「次は佐剛、黒スーツの男に頼んだのは、どうだった?」
「ああ、絵を描きたいから、紙や書ける物はあるか聞いた。だがそんなものはないと言われた。次に手首が痛いから一度手錠を外してほしいと頼んだ。これはできそうだったが、運が悪く鎖巫子の奴が居てできなかった」
佐剛の言った言葉が、三科太は不思議に思い、聞いてみた。
「できそうだった? つまり黒スーツの男は鍵を出して、手錠を外そうとしたのか?」
「ああ、だけどその時に鎖巫子がーー」
「どこから出した? その鍵をすぐに出したか? それに鍵はいくつ付いていた?」
三科太の急な質問ばかりに、佐剛は慌ててちょっと待てと、手を三科太の顔の前に挙げた。
「たしか……腰のベルトから出した。数は二つだ」
二つ。もしそれが手と、座る時に付けていた足の手錠なら、奪えば外せる。書くものが無いなら、黒スーツの男達はペンなどの刺す物も持っていない。すでに銃を持っていない事を、自分は知っている。つまりあいつらは力だけで、俺達を抑えるつもりだ。
「治代は武器になりそうなの、見つけてくれたか?」
治代は話す前に、佐剛が口を挟んだ。
「聞いていた時も思っていたんだが、武器になるのとかそうそう無いぞ」
「俺達が座っていた椅子、そして机も投げれば武器だ。廊下には消火器があった。それに黒板消しだって、使い方次第じゃ武器になる。あとは……そんなとこだ」
治代の調べに、なるほどと佐剛は納得した。治代はもう一つ思いついた。
「それにあの女! 鎖巫子は銃を持っていた。他の奴が銃を持っていれば、それを奪ってーー」
「黒スーツの男達は銃を持っていない」
三科太に口を止められた治代は、なぜそんな事を知っている三科太に一つ聞いた。
「三科太。聞いていなかったが、お前は何か調べたのか?」
「俺は黒スーツの男達の事を調べて、人数を数えていた」
三科太が調べていたのは、大勢の黒スーツの男達だ。それを聞いて、佐剛は鼻で笑った。
「数えていたって、あんなの数えられるものじゃないぞ」
「黒スーツの男達も人間だ。髪型、肌の特徴、癖などが見れば数えられる。例えば、佐剛の鍵を持っている奴は、口の左下にほくろがある。窓辛のは右手に切り傷を縫った後がある奴が、鍵を持っている」
本当にあるか確かめる前に、三人は三科太の驚きの行動に、言葉が一瞬出なかった。佐剛があまりの凄さにビビっていた。
「お、お前……そんな事一日で調べたのか?」
「俺達の鍵を持った黒スーツの男達は、昨日から分かっていた。後のは一日で調べたものだから、正しいかは分からん。まず一人ずつ監視しているから三十人。この休憩中に、男女を警備しているのが三人で二人体制で交代している。そして緊急時に動く二人。説教部屋に連れて行かれる時に、この二人は動いてる。全部で計三十五人。そこに鎖巫子と年寄りの亜道、白衣を着た非話を入れて三十八人だ。あくまで俺の調べだが」
調べた事は凄い事だ。だが三科太にとって普通の事だった。三科太は聞いた情報を整理して、どう行動するか考える。四人で強行突破は難しい。危険が多いが一人ずつ行動をするか。四人だと捕まりやすくなるし、相手を分散させれる。しかし一人だと助けは無い。
そして問題は鎖巫子だ。あいつがどう動くか、検討がつかない。
「おい、何か策はできたか?」
黙っていた三科太に、痺れを切らした治代は早く考えろと急かす。とりあえず三科太は、今の考えを話した。
「あの女、鎖巫子になって考えてみた。外に出る為に何重の鍵をかけてるはずさ。ならその鍵を手に入れる必要がある。見つける為に、二人ずつ別れようと思う」
「それでいいじゃないか。何を悩んでいる?」
「俺がまだ知らない事がある。本当に大丈夫だろうか? もう少し調べた方がいいんじゃないか」
「三科太……この状態じゃもう調べようがない。もう賭けになるが、するしかない。他の奴等が下手に脱獄して、警戒が強くなる前に……」
治代の言う通りだ。治代の言葉を聞いて三科太も決心した。
「よし、これでいこう」
「それでは朝の朝礼、始め」
朝なのかは、三科太にはよく分からないが、この朝礼は始まった。いつも通り一人ずつ立って、声を出している。そこに一人、治代が手錠された手を挙げた。
「すまない。気分が悪くて……ちょっと休ませてくれませんか?」
治代の言葉に少し疑惑を持っている亜道だが、少し考えて答えを出した。
「……いいだろう、保健室に連れて行け」
治代は黒スーツの男に、辛いからゆっくり歩かせてくれと頼んだ。そして教室から出ていった。
黒スーツの男は治代の後ろを歩いていたが、あまりの遅さに、黒スーツの男はイライラしていた。
「もう少し早く歩けないか」
分かったと治代は言うと、少しだけ足を早く動かした。随分と教室を離れた事を確認した治代は、急に座り込んだ。
「おい、どうした?」
近くに来た黒スーツの男を治代は押し倒した。そして上に乗り、口を手で塞ぎ、首を絞めた。
「安心しな。気絶させるだけだ」
「まず一人が保健室に連れて行かれる」
三科太の一つ目の策を出したが、佐剛はちょっと疑問があった。
「保健室なんてあるのか?」
「ある。あの非話って奴は、多分病人の対処する人間だ。だからそういう場所があるだろう。これは行く途中、教室から離れて、黒スーツの男に不意を突いて倒せる奴がいい」
「なら俺がやろう。後輩に恐喝する事で慣れてる」
治代がそんな事に慣れているのかはともかく、三科太は釘を刺しておいた。
「いいだろう。だが殺すなよ」
「すいません……トイレに行かせてください」
教室で窓辛が手を挙げた。亜道はそれを見て溜め息を吐く。
「また窓辛か……君は腹の調整を整えてきなさい。仕事中だとダメだからね」
窓辛は苦しそうに、ゆっくりと歩いて行く。治代と同じ様に、黒スーツの男と一緒に教室から出た。
「二人目はトイレに行ってこい」
二つ目の策は普通の事だ。その後何か言うのかと三人は待っていたが、三科太は何も言わないため、待てずに佐剛は聞いた。
「で、その後は?」
「待っていろ。そこを一度、集合場所にしよう。これはもう窓辛がいいだろう」
窓辛は分かったと返事をした。
「それとこれは朝礼が終わる頃だ」
最後の一人が朝礼を言い終わり、亜道はよしと合格を出した。
「次、集団行動だ。グズグズするなクズ共」
教室の机と椅子を片付けて、広いスペースを作っていく。三科太は佐剛に近付き、誰にも聞かれない様に佐剛に言った。
「いいか、合図通りに行くぞ」
佐剛ら黙って頷いた。亜道は皆が片付けが終わるのを確認すると、年寄りとは思えないほどの大きな声を出した。
「集合!!」
集まって整列して行くのに時間がかかっている。整列した瞬間、亜道は疑問に思った。真ん中の一列が誰もいない事に気付いた。
「それで俺はどうやって教室から出る」
佐剛は早く聞かせろと焦っていた。
「お前は無理だ。俺達は真ん中の縦一列だ。これ以上人が減ると、流石に疑われる」
「じゃ、じゃあどうするんだよ!?」
「だから、二人同時に出るぞ。疑われるなら一気にやろう」
なるほどと納得した佐剛だが、一つ気になった。
「でもそれだと俺達、手錠が外れないぞ」
「無理に四人の手錠を外せなくていい。最初の日に手錠を壊した奴がいた。後で壊す事ができるって事だ」
「早くしろ!」
トイレの前にイライラしている黒スーツの男は、ずっと待っている。後ろには三科太、佐剛、治代が揃った。佐剛は男の口を手で塞ぎ、三科太は男の両手を抑えて、治代は男の首を絞めた。
「殺すなよ」
分かってると言っているが、治代は必死にやっている。気絶をやるのも難しい事だ。トイレに入ってる窓辛に合図した。
「俺だ」
窓辛はドアを開けて、佐剛は黒スーツの男をトイレに押し込んだ。窓辛は忘れずに鍵を取って手錠を外そうとしている。
「あれ? 開かない?」
それを聞いた三科太は、黒スーツの男の手を見て、顔を確認した。
「この人、俺の鍵を持っている人だ」
三科太は窓辛の鍵を貰うと、手錠に使うと外れた。なぜなのか不思議に思ったが、計画には特に問題は無かった。
「三科太……ありがとう」
治代は笑顔で右手を前に出した。
「それはまだ早くないか? まだ先は長い。一緒にここから出よう」
三科太も笑って手を出して握手をした。治代は左手に今まで隠してた手錠を、三科太の手に掛けた。三科太は驚いて止めようと咄嗟に左手を出したが、治代は隙もなく左手にも手錠を掛けられた。
「言わなかったが、手錠もまた使える」
三科太は治代に押されると、佐剛と窓辛にぶつかった。
「あいつらには餌が必要なんだよ。お前らを食っている間に俺は逃げさせてもらう」
「裏切るのか?」
「元々仲間ってもんじゃ無いだろ。精々頑張って犬達を連れて行ってくれ。生きてたらまた会おう」
「馬鹿野郎……お前は大事な事を忘れている」
後ろには鎖巫子が立っていた。
「手を挙げろ」
銃を向けられた治代は、ゆっくりと手を挙げた。鎖巫子は躊躇わず引き金を引いて、治代の手を撃った。治代は倒れて苦しむ声が響く。手から赤い液体が流れ出てくる。
「手を挙げろ」
鎖巫子は笑顔で言い続ける。こいつを四人がかりで倒すことがベストだった。銃声を聞いて、黒スーツの男達が集まってきた。どうやらここまでか。
「お使いしてきたよ。あら?」
白衣の男がレジ袋を持って出てきた。非話だ。治代の手を見てあららと言う。
「鎖巫子ちゃん。ここは病院と違って、薬の量が決まってるんだ。見れる怪我人は限られているんだよ」
「分かってます非話さん。あとちゃん付けはやめてください」
治代は黒スーツの男達に連れて行かれた。
「さて、この件の主犯は誰かな?」
まずい。この女の事だから、出ないと一人ずつ撃ちそうだ。三科太は腹をくくって前に出た。
「俺だ」
鎖巫子は三科太が出てきた事に、驚かずに待ってましたという顔をした。
「やはりお前だな、仲三科太。来い」