計画の罪
一つの部屋から沸騰する音が聴こえる。鎖巫子がやかんでお湯を沸かして、ストーブの前にある椅子に座っている。机に置いているのは、ブラックコーヒーと、豚骨味のカップ麺だ。
部屋に亜道が入ってきた。お疲れ様ですと鎖巫子に言われるが、亜道はそれよりも机の物を確認している。
「バランスの取れた食事じゃない」
鎖巫子は食事を注意され、苦笑いをする。
「本当は、あいつらの飯をカップ麺にして、お湯が無くて食えなくするつもりでしたけど、そのままで食われて、腹が壊れて動けなくなったりしたらね」
「別に構わないだろ」
「いいえ、あいつらには、そんな誰にでもなる一般的な病気で、苦しんでもらっては困ります。苦痛を与え続けないと。もっとも今は、ある問題に、早くも気付いてる奴は出てるかもしれません」
「あの野郎! 俺達を寝かせねえ気だろ!!」
佐剛は誰も寝かせない位の声で叫んだ。
「もしくは必ず罰を受けさせる気か……どっちにしろ冗談じゃねえ」
窓辛はドアを開けようとするが、外から鍵がかかっている。ドアに付いてる小さな隙間から、外の様子を確認する。三科太はなぜそんな所に隙間があるか、少し気になった。
「どうにかして時間を知る必要が……倉負だ!」
外に倉負がいると言った窓辛に、三科太は見せてくれと頼む。そこには黒スーツの男二人と、倉負が歩いて部屋に連れて行っている。なにやら小さな声で、呟いている。その声に三科太は耳を傾ける。
「何言っているんだ?」
「ごめんなさいって言ってるな」
見てもいない佐剛が聞こえたらしい。驚いた事に、佐剛は声がでかいくせに、耳はかなりいい。とりあえず部屋から出れない事になってると知り、三科太は安心した。
「まあとりあえず時間の件は解決した」
「時間分かったのか?」
「閉まっているなら集合すらできない。後で黒スーツの男が来るだろう。あの女はわざと遅れたらなどと言ったんだ。腹が立つ」
佐剛と窓辛も安心したが、治代は機嫌が悪いままだった。
「三科太、お前が、一番最初に言いだしたんだろ」
三科太はすまないと言って、カンパンを食べる。三人もつられる様に食べ始める。ただ黙々と食っていた。すぐにカンパンの袋の中は空になった。
「……これが何日も続くのか?」
「このままやっていける訳が無い……耐えられない! 」
佐剛は頭を抱えて顔を下に向けた。窓辛はあまりの辛さに泣いてしまった。治代は黙って、ただ一点だけを見つめていた。
その時三科太は、ある決断をしていた。
「確かに、こんなやり方は間違っている。俺はここから逃げようと思う」
三科太のその言葉に三人は驚いた。その後は治代だけニヤリと笑った。
「まるで脱獄だな」
「まるでじゃない。本当の脱獄だ。もう俺達は死刑を言い渡された身だ」
三科太は自分が本気だと示した。驚いていた佐剛が叫んだ。
「脱獄ってどうやって!?」
三科太も言ったはいいが、まだ何も計画していない。まず三人に一つ聞いてみた。
「落ち着け……まずここがどこか知ってるか?」
「知ってる訳ない。俺は気付いたらこの場所にいた」
治代の後に右に同じと、佐剛と窓辛の二人が声を合わせて言う。学校に似ているので、誰かの母校の可能性を思っていたが、残念だが違った様だ。
とにかくどう動くか、最初に何をしていくか三科太は考える。自分が何を言うか待ってる三人に、この状態をどうするか話す。
「まず手錠を外したい。方法は、黒スーツの男が持っている鍵を奪うか、壊すか」
「止めておけ。この手錠をよく見てみろ」
治代は手錠の右手に繋がっている方を指差した。そこには小さな赤いランプが点いている。
「おそらく、壊したりした瞬間にーー」
突然ベルが鳴り響く。するとドアの向こうから、何人も走る音が聴こえる。三科太は外を覗くと、ここからギリギリ見える所だ。そこには黒スーツの男達に、体を押さえつけられた男が倒れている。その男の手錠の鎖は切れている。
男の所に歩いて来る二人がいる。顔も見たくない鎖巫子と、もう一人はスーツの上から白衣を着た、短髪の若い男だが、三科太は初めて見る顔だ。
「まったく! 落ち着いて飯も食えない」
鎖巫子はイライラとしている。白衣の男は手錠の切れた鎖を持ち、呆れていた。それなのに、ニヤニヤとしながら話している。
「よくもまあこんな事できたね。誰かに手伝ってもらったのかな? でも手錠だって安くないんだよ。鎖巫子ちゃん、教育が甘かったんじゃない?」
「非話さん。ちゃんは止めてください。教育はまだこれからですよ」
治代の予想は当たった。手錠を壊すと警報が鳴り、あの男の様になる。男は非話に連れて行かれた。行く場所は説教部屋だろう。
鎖巫子が帰ろうとする時、三科太が呼び止めた。面倒くさそうに鎖巫子はドアの前に立ち、わざとらしい笑顔をする。
「これはこれは三科太君。何の用かな?」
「あんた、風呂は自由だと言ったはずだろう。部屋に無いのにどうするんだ」
「そんな事は言ってない。『風呂は付いている』とは言ったが、入れるなんて言ってないぞ。ちゃんと私の言葉を、よーく思い出すんだ」
確かにそうだった。だが三科太は負けずと言い返す。
「風呂にも入らせないとは、汚い場所になるな。正しい人間は、清潔になる事も一つだろう?」
三科太の反論に鎖巫子はニヤリと笑った。
「言うじゃないか。いいだろう。お前達には見えないだろうが、近くに手下の男が待機している。そいつに聞こえる様に言え」
「ならまずトイレだ。トイレに行かせろ」
「お前は命令が多いな。別に構わないが、トイレは一部屋に一人ずつだ。風呂も変わらん」
鎖巫子が黒スーツの男を呼んだ。黒スーツの男が鍵を開けて、三科太だけ外に出されると、狭いトイレに連れて行かれた。用を済ませて、手を洗いながら考えていた。
鎖巫子は頭がいいだろう。先を読まれてしまったら終わりだ。外に出る事が出来たとしてもあの女は追ってくる。いや、それだけじゃない。世界を敵にする様な事だ。本当に大丈夫だろうか? あの女の様の言う通りにするのが、やはり正しいのか。鎖巫子のさっき言われた『私の言葉を、よーく思い出すんだ』を耳に残っている。思い出すと、あの女が重要なのを言っていた。
黒スーツの男に早く出ろと言われ、三科太は水を止めて手を拭いた。黒スーツの男に部屋に戻された。すると三人が話していた。
「なあ、ここから出たとして、その後はどうする? ずっと隠れて生きていけないのか?」
窓辛も不安に思っていた様だ。さっき三科太がある事に気付いた。
「いや……これはまだ仮説だが、この法律、成人適正制度はまだ世の中に発表されていない」
治代はなぜと聞く。
「鎖巫子が曽手の子供の事を話した時、『お前達は今は犯罪者や行方不明者になってる』って言っていた。これはまだ世の中に発表されていない証拠だ」
「そうだとしても結局、俺達は偽の罪を被せられてるんだ。何も変わらない」
治代の言う通りだが、これのどこかに自分達が生き残る、救いの道があるかもしれない。
すると、何かに閃いた佐剛が立ち上がった。
「そうだ! 裁判にしてやるんだ。犯罪なんてしてないなら、この事を解明してやればいい」
「その前に警察に見つかれば、撃たれて死ぬぞ」
治代は佐剛の提案をすぐに却下した。佐剛は黙って座った。
「何か手はあるはずだ……もっといい手が」
三科太が何かと考えている事に、治代は水を差す。
「その前にここから出る事だろ。その後の話をしても意味がない」
「分かってる。とにかく計画してやるべきだ。じゃないとあいつらの二の舞になる」
「一体どうするんだ?」
「今から言う事をやってほしい。俺一人だと怪しまれる可能性がある。まずはーー」
三科太の計画に、三人は耳を傾ける。