<Ⅷ骨>
四日目の朝。
「骨魅。オレ、物凄く不安になってきた」
「そんなことなら、初めから沙耶さんを離さなきゃ良かったんです」
「まあそうはいうけどさあ……」
「肋骨も一個持っていかれちゃいましたし。こんなことで、返済なんてできると思ってるんですかあーっ?」
アホに説教されるのは、アホなんだろう。
「オレもアホに格下げか。ああ、かっこつけるんじゃなかった」
「そうですよ。だいたい弘蔵さん、あの態度は冷たいですよ。あれじゃあ『お前はもう要らない』って言ってるようなもんじゃないですか」
「骨魅」
「『オレにはお前が必要だっ』くらいのこと言ってもいいと思いますよ?」
「ホネミン」
「はい、なんでしょう?」
「オレはそんな風に見えてた?」
「ふぇ? なにがです?」
「オレの態度」
「え、えっと……はい。冷たいです」
「いやいや、ちょっといいか?」
オレは座りなおして骨魅に対した。真面目な話だ。
「あれはオレなりに場を和ませつつ、軽口を叩き合える仲なんだと、アピールしてみたんだが?」
「分かりにくいです」
「マジかよ。じゃあもう沙耶は、ふてくされて帰ってこねえとか?」
「私なら――も、戻ってきますけど……」
「……朝飯食うか。朝飯」
オレと骨魅はぐだぐだと過ごしていた。
その日は、自転車を調達した。
バイト先の後輩マサルから一台、弟から一台だ。
朝が過ぎ、昼も過ぎ、そろそろ本格的にヤバイと思い始めた夕方頃。
沙耶はひょっこり帰ってきた。
理由を聞くと「ちょっと歩いてきたから」との返事。
足取りがおぼついていない。焦点も微妙に合わず、見るからにふらふらだった。
それから霊の分布地図にいくつか修正を加えた後、「お腹が空いたわ。蛆虫」と、食欲を削ぐような事を言った。
肋骨を配置する場所は暴風に人を巻き込まないために、人気の無い場所を選ばなくてはいけない。
一人で町の中を回ってきていたのか。
それとも他のなにか。
沙耶の様子を見て、オレは追求する気にはなれなかった。
夕食後の風呂上りに、オレたちは再びちゃぶ台を囲んだ。
「それでは、えと会議を始めます」
最後の会議は、骨魅を議長に任命した。面白そうだし。
形から入る、の不文法に従い、骨魅議長の格好は、黒のビジネススーツとセルフレームの眼鏡だ。髪はアップにまとめている(これは沙耶がヘアピン一本で成し遂げた)。やり手女性社員のつもりでリクエストしたが、当然ながら失敗。そのミニチュア版になった。
「明日は返済期限です。時間は午後三時二十分。時間までに残りの四十四万千三百十八体を送還してください」
「おー」「ぱち、ぱち、ぱち」
拍手するオレは相変わらずのTシャツにジャージ。口でぱちぱちと言っている沙耶は、パジャマ代わりにオレのTシャツとジャージ。楽なのを一度体験して堕落したようだ。
「決行は午前十時。一時間以内に肋骨を配置して、トルネードを《リモトル》で起動します。配分は弘蔵さんが七個、沙耶さんが五個。弘蔵さんは最後の配置が終わったら、沙耶さんと合流です。何か質問は?」
「配置が一時間以上かかったら、どうするの?」
「…………」
伊達眼鏡の奥で目が潤んだ。
「……ふぇ……どうするんですかあ?」
このへんが骨魅の限界だ。
「一度撤収する。沙耶に霊の配置を見てもらった後、もう一度やりなおす」
「今からでも動いた方がいいと思うのだけど」
「その足で?」
「…………」
沈黙の中に、微妙に舌打ちが混じっていた。
沙耶はお疲れだ。今は万全の態勢を整える方がいいだろう。
「今日はゆっくり休もう。その分、明日は思い切り走るから」
「はーいっ。分かりましたっ」
元気良く手を上げたのは骨魅だった。
「いや骨魅は、オレの自転車の荷台な」
「ふぇっ……あ、はい……」
それを見て、薄く笑って沙耶が言った。
「迷子の親を探す気のいい学生。歳の離れたお兄さん。幼女誘拐の凶悪犯罪者。どれに見えるのかしら?」
「最後はねえよ」
否定はしたが――通報されたら、かなり凹む。
「一発勝負のつもりで、確実に終わらせよう」
オレと沙耶は骨魅の小さな手に、手を重ねた。
その直後、頬を沙耶に引っぱたかれた。
「……忌々しい。弘蔵に触ってしまったわ」
景気付けには、なったかもしれない。