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<Ⅱ骨>

 幽霊になった新オレは、得体の知れない力に引っ張られて、見知らぬ川岸に辿り付いた。

 あたりは薄い霧に包まれて、まるで墨絵の世界のようだ。お陰でオレの頭も霧がかかったようにボケテンだった。

 直ぐ近くに妙な歌を歌いながら石を積んでいる少年がいたので、ここはどこか聞いてみると、どうやらここは賽の河原で、三瀬川とか言うらしい。

 少年から少し離れた場所で、腰を下ろすのに丁度よさそうな平らな石を見つけた。座り込んで、静かな川面を眺める。

 少年の妙な歌が、空しく霧に吸い込まれていく。

 地名に聞き覚えはなかったが、死んだヤツが行く場所で川といえば、三途の川だから、多分ここはそうなんだろう。

 死後の詳しい手続きは、死んだことが無いからよく知らないが、確か船で対岸に行くとか、そんな感じじゃなかったか。

 目を落とすと右手に持ったチョコバナナがギランギランとファンシーオーラをぶつけてきたので、ズボンのポケットに突っ込んだ。場にそぐわない。

『一つ積んでは、ヨー、父のため……エーエー、

 二つ積んでは、ヨー、ヨー、母のため……チェカー、

 三つ積んでは……シスターの、イェ、カモー……ガラガラ』

 両手の指でフレミング左手の法則を作りながら、少年は石の塔を崩す。

 船はまだ来ない。

『一つ積んでは、デガー、父のため、かァ?』

「………………何だ?」

 見るなよ、少年。

『ヘイ……』

「知らん」

 少年は石を積んでいく。

『二つ、積んでは、ゲター、マザーに捧げー……ユーセイ?』

 ……………………だから見るなよ。

「オレは言わねえよ」

『イェー……』

「言わねえって」

『…………スリー、ツンでぃー、アハーアハー……

 ……………………。

 ヨーホー、愛を交わソウ、ガラガラー……』

 少年はまた石の塔を崩す。

 こんな場所で愛を交わすのは、かなり難度が高い。

 気味が悪くなって、オレはその場を後にすることにした。

 右手が上流のようだ。特に深く考えず、足を向ける。

 霧が静かに流れていく。

 水が岸に当たって音を立てる。

 船はない。

「怠慢だな」

 いい加減にしびれを切らしたオレは、いっそ泳いで渡ってやろうかと思う。

 立ち止まって、川底を見ると、そう深くもないようだ。しかし何しろ三途の川だ。得たいが知れず少々怖い。

「えと、あの……おめでとうごじゃ――ございます。未練を残して死んだあなたに……トルネードチャーン……ス」

 下から、舌足らずな声がした。

「…………」

 三途の川の岸辺を歩くと足元から呼ぶ声がする、という話は聞いたことが無い。

 無視も出来ずに立ち尽くしていると、「よっ、はほっ」という掛け声とともに、下からにょっきり、看板が生えてきた。

《トルネード・チャンス!》

 トゲトゲフキダシの中に丸い文字が書かれている。

 《大成功》だったら、そのままドッキリマル秘なテレビ番組で使っているアレだ。ドッキリオチなら、「実は死んでません」ということか。そっちの方が良かった。

 看板の更に下を見ると、小さな女の子がオレを見上げていた。

 背はオレの腰くらい。頭からすっぽりと黒いローブを羽織り、首にはドクロの首飾り。身長と同じくらいの大きさの鎌を背負っている。

 真っ白な顔、そして唇は黒。

 三途の川に幼女が、

 西洋の死神っぽい格好をして立っていた。

「チャ、チャーンス……です。あの……入間、弘蔵さんですよね?」

「お前は何だ」

 なんかムカついてきた。

「え……営業の小林です……」

「ざっけんな」

「ふぇ……、あの説明だけでも……」

 ここは本当に死後の世界なのだろうか。

 オレは幼女を無視して上流に向かって歩く。


 そしてついに船を見つけた。

 デカイ。ちょっとしたヨットくらいはある。

 それは盛大に水をかき分けながら、大音響を発していた。

《ようこそ! サンズリバーへ!》

 死後の世界は、オレの想像を真逆に全力疾走するのが得意らしい。

 一応船らしい形はしているが、これが間違い探しなら、視界全体にでっかく丸をつけなければいけない。

 電飾の船だった。

 大きな看板に《ようこそ!》と書かれていた。

 船全体がケバケバしい原色で塗られ、大量の電球が目に痛い無茶苦茶な点滅している。スピーカーから、やたら明るい昭和の曲が流れている。甲板の上で数人の男女が談笑している。

 これは、パチンコ店……いやキャバレーだ。

「……年代も間違えてやがる」

 船は岸に寄って停まった。

 呆れて眺めていると、中から男が一人、こちらに歩くるのが見えた。

 スパンコールの入った上着を直しながら、甲板を軽快に歩いてくる。ポマードでガチガチに固めた髪が、電飾を反射して光っている。

「今日は盛況やな……。兄ちゃんも渡り?」

「……え、あ。そのつもりなんだが」

 男はやたら甘い匂いを振りまきながら、手を差し出した。

「銭。六文や」

「――船賃だよな?」

「せや。六文」

「死後の世界でも金か。日本円で幾らだ?」

「一文、千二百円やな」

 ポケットから財布を取り出そうとして、オレは手をとめた。

「――おい、それはどこの円安だ」

「三途の川の円安や。最近、円は暴落やねん。六文で、七千二百円。キッチリ払ってや」

「ざけんな! んな大金持ってねえよ!」

「なんや、文無しかい。ンなら、悪いけど歩いて渡ってんか」

 男はあっけなく引っ込んでしまった。

 船が下流へ流れていく。

 昭和の歌謡曲がドップラー効果で間延びして、小さくなっていく。

「野口英世、七人分か」

 オレは肩を落として、座り込んだ。

 しかし、川を歩いて渡る気はしない。

 そもそも、オレは川を渡りたいのだろうか?

 船にかき乱された霧は、オレの頭の中でも渦を巻いていた。

 さっきの幼女は、こう言っていた。

 ――トルネード・チャンス。

 いや、トルネード・チャンスは関係ねえ。

 ――未練を残して死んだあなたに……。

 未練だ、未練。

 現世で気がかりなことあったはずだ。思い出せオレ。忘れたら負けだ。

 死ぬ前に見た、弟。オレの肩くらいまでしかない小さな身体。家族。そう、家族だ。オレの未練は家族だ。

 立ち上がって、頭を振って、霞を振り払った。

「……生き返りたい……ですよね?」

 さっきの幼女がペンとクリップボードを持って、オレの前に立っていた。

「当然だ。三途の川なんか渡らねえ」

「じゃあ……にサイン、くださいっ」

「サイン?」

「は、はははいっ。手続きに必要、なので」

「よく分からんが。まあいいさ。どうせ戻るんだ」

《入間弘蔵》

「あ、こっち、フリガナで」

《イリマコウゾウ》

「は、はいぃ……や、やったあ……初契約だあ……」

 オレはポケットからチョコバナナを取り出した。

「やるよ。お似合いだ」

「えっ? ……な、なんですか?」

「チョコバナナ」

 幼女の方が持つと、やけにしっくりきた。つくづくふざけた場所だった。

 オレは川に背を向けて歩き出す。

 現世に戻る。

 たいした根拠もなく。

 ――しかし、間違いなく。

 ――――……ホント、大丈夫だよな?

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