姫様の一日 1ー2
今回説明回です
姫様を送った後、私は練兵場に来ていた。練兵場とはその名の通り兵士が訓練をする場所である。今日は近衛隊の練兵場ではなく、軍の練兵場に来ていた。この王国の軍事は上から陛下ー軍事総司令ー騎士団長ー騎士ー兵士となっている。だが、この例外として近衛隊が存在する。
近衛隊と通常の軍は命令系統からその身が持つ権限までが全て違う。軍の場合は軍事総司令が事実上のトップだが、近衛隊の場合、王族がこれに当たる。例え騎士団長の命令であっても近衛隊は拒否することが出来る。
故に近衛隊は権限が大きい。通常の軍で考えるならば、一人一人が上級騎士程度の権限を持っている。この権限と立場を持つ代わりとして近衛隊はその実力が求められる。近衛になるには二つの条件をクリアすることが必用だ。
一つは、王族・貴族もしくは上位役職者三名の推薦。
一つは、現役の近衛隊員と闘い、その実力を認められること
一つ目は案外簡単にクリアすることが出来る。貴族であれば、自分の親と友人達の手を借りることで推薦など直ぐに取ることが出来る。平民であっても、その実力を認められれば、騎士団長や副団長、貴族の騎士の手を借りれば問題ない。
貴族に比べればその条件は厳しいが出来ないことではない。貴族側からすれば、後の近衛隊員に恩が売れ、平民側からすれば、貴族とのパイプが出来る。中々出来た制度となっている。
二つ目の条件は説明する必用もないぐらいのことだ。近衛隊員になる為に一番必用になるのは実力だ。近衛隊に入ると序列が付けられその下の者に負けると序列が下がる。現役の近衛騎士は全員で46名。トップは近衛隊長。その下に序列が高い順に並んでいる。例外として王族の誰かの専属となった場合、この序列に当てはまらない。なので私はこの序列に入っていない。
近衛隊の仕事は王族の警護を主に近衛隊員になれそうな人間を軍から探すこと。そして、軍の騎士達との訓練だ。私が今日、近衛の練兵場ではなく、軍の練兵場に来たのもそれが理由だ。
そして、今私の周りには、私を囲むように15名から20名程度の騎士が一班となり剣を構えて立っている。今回の訓練は一対多数の訓練である。
「騎士ライン。準備はできました」
この騎士達の代表が声をかけてきた。この騎士達はまだ若く実戦に参加をしたことがない騎士達だ。最近騎士に成ったものも多い。なので、この訓練の意図を掴めず困惑した表情の騎士もいる。
「では、全員で掛かってこい。遠慮はいらない」
「分かりました。・・・かかれっ」
騎士代表の声で一斉に騎士達が殺到する。だが、我先にとかかってくる騎士達は自分のことだけを考えていて全く連携が取れていない。私は一番近い騎士の剣の側面を素手で反らしながら体を前に出しその騎士をやり過ごした。その騎士は剣を振り切ったら反動を殺しきれず後ろから襲おうとしていた騎士の剣に当たり倒れる。
そして、素早く反転し今相、討ちをした騎士に向けて倒れた騎士を蹴り投げた。いきなり飛んできた騎士に当たりその周辺の騎士と一緒に倒れる。周りが呆気にとられている内に手当たり次第に騎士に攻撃を食らわせ、横転もしくは気絶させる。
そして、三分程度で立っている騎士は居なくなった。全員が気絶している。何人かは、倒れても起き上がり向かってきたがそういう騎士はちょっと強めに攻撃しちょっと離れた位置に飛ばした。
「それじゃあ、次の班はかかってこい」
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「強ぇ!!あれが騎士ラインか」
複数の騎士を手玉に取っている一人の人間を見て周りが言った。俺は先月兵士から騎士になった新米騎士だ。一ヶ月に一度、近衛隊員から訓練を受けれるということでこの機会を楽しみにしていた。近衛隊員になるのは、この国にいる人間なら一度は夢見ることだ。俺も将来的には近衛隊員に成りたいと思っている。
近衛隊員は全員が強いがその中でも、近衛隊長と副隊長、ライン様は別格だ。今この国にこの三人に勝てる人はいないと断言できるぐらいには。ライン様を見て俺の周りも騒いでる
「あれが、救国の英雄かよ」
「10歳で軍に入って12歳で近衛に入ったって聞いたけど」
「ああ。みたいだな。確か入隊の時に色々あって最後には当時の近衛隊長と一騎討ちしたってマジ?」
あちこちから驚嘆と疑問の声が聞こえる。俺はそんなことよりもライン様の動きを見るのに必死だった。
(あの体制から一撃当てながらバックステップ!!そのうえ倒れた騎士を盾にしながら相手の攻撃を躊躇わせてる。あっ、また倒された)
「次の班。来い」
踊るようにして騎士達を倒したライン様が叫んだ。私はそのまま我先にとライン様に突っ込んで行きそして、一撃で気絶させられた。
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「今日はここまで。今日の訓練の意図が掴めた者は騎士団長に報告しろ」
「「「ありがとうございました」」」
今回の訓練の意図等と難しく言ったが今日の訓練が何の目的で行われたか分かったらということだ。今回の訓練は集団で行動するときの連携の大切さをわかってもらう為のものだ。周りを見ず、むやみやたらに突っ込んできたものから気絶させた。騎士に成ったばかりの頃は、自分の力を過信し後先考えず行動するものが多い。だから毎回この訓練の時は全員気絶させることになる。自分の力を分からせる為に。
(今回は突っ込んでくる奴が多かったな)
私が今回の感想を考えていると、後ろから何かが飛んできた。咄嗟に飛んできた何かを掴む。それは水の入った容器だった。飛んできた方向を見ると、大柄の男が手をあげてこちらを見ていた。
「お疲れさん。どうだった?」
「お久し振りです、団長。いつもと同じです」
そりゃあ残念だと笑いながら私の背を叩く。この方の名前はグラス・キロロ騎士団長だ。かれこれ30年近く騎士団長を勤められており、平民の近衛騎士達全員の恩人でもある。近衛騎士になるための三人の推薦が必用な中、いつも必ずや推薦をしてくださる方でとても公平な方だ。
「今回の中で、近衛に行けそうな奴はいたか?」
「いまのところは居ませんが今後が有望そうな者は幾つか」
なるほど、なるほどと頷きながら休んでる騎士達を見る。私は先程貰った水を飲む。冷たくておいしい。全ての水を飲み終わった所でグラス団長は私に話かけてきた。
「そういえば、ルー王子が探していたぜ」
「ルー様がですか?」
「ああ。何だか相談したいことと聞きたいことがあるらしい。時間があるときで良いから執務室まで来てほしいそうだ」
ルー様が用とは珍しい。私は騎士であるから武力はあっても、政治ではお力に成るには難しい。子爵位を持ってはいるものの領地も無いからそういう相談も分からない。ルー様は一体どうしたのだろう?
「分かりました。まだ姫様も終わっていないと思いますので今の内にルー様の所に行ってきます」
「おう」
「いえ、それでは困ります」
いきなり後ろから声が聞こえて私とグラス団長が振り向く。後ろにはメイド服の少女が立っていた。冷たい雰囲気に冷めた目、無表情と服装も相まって人形のような印象を受ける。彼女も姫様付きメイドの一人でメルの姉だ。名前はエルと言う。彼女はもしもの時の護衛を兼ねており、場合によっては私でも勝てないこともある。
「よお、久しぶりだな嬢ちゃん。どうだ、軍に入る気になったか?」
「未来永劫あり得ませんので」
「グラス団長。彼女は近衛に入れるのですから勧誘しないで下さい」
「近衛にもなりません。いい加減にしてください」
心底勿体ないと思う。それだけの実力は持ち合わせているし、推薦なら私とグラス団長と姫様が行うから問題ないのに。だが、本当に嫌そうなので今回は止めることにする。グラス団長も肩をすくめている。
「ライン様。姫様の講義が予定より早く終わりましたのでお伝えに参りました」
「もう終わったのか?何時もよりかなり早いな」
「何時もより頑張っておられましたので」
「そうか。・・・悪いがルー様の所に寄ってから行くから暫くかかる。その間姫様を頼みたいのだが」
ルー様の用事が何なのか分からないが早めに終わらせておいた方が良いだろう。仮にも王族からの呼び出しだ。早いに越したことはない。
「ですので、それでは困ります」
「何故だ?恐らくだが、そんなに時間はかからないとおもうぞ。遅くてもお茶会の迄には終わるだろう」
「姫様が待っていますので」
ちなみにだが、このエルもメルと同じくシャルロット姫様の信者である。実力があるので、メルよりもエルの方が質が悪い。メルの場合、機嫌が悪くなる程度だがエルの場合は手が出てくることも多い。
「ルー様には私が言って起きますので姫様の元に行って下さい」
「そういう訳にはいかんだろう」
「姫様が第一です」
「確かにそうなんだが」
確かに姫様の専属の近衛騎士だから姫様のことが一番なのだが、だからといって他の王族の方を疎かにする訳にはいかない。いつもならこんなことには成らないのだが・・・何かあったか?
「姫様に何かあったか?」
「いえ、特には」
「本当に?」
エルが黙った。いつもズバズバと物事を言う彼女からすればかなり珍しい。彼女が言い淀むことがあるとすれば、かなりめんどくさいことかかなり大変なことのどちらかである。今回に関しては前者だった。
「講義の終わった後、エルサレム伯爵子息と顔を会わせまして」
エルサレム伯爵はこの国の財政関係を管理している大臣の一人である。とても人当たりがよく、真面目で優秀だ。だが欠点があるとすればその子息の出来の悪さだろう。エルサレム伯爵子息は女好きで自由奔放、それに金使いも荒いとの噂だ。そして、この子息はどうやら姫様に惚れているらしい。
惚れているなら先ずは自分の欠点を見直せば良いものの、姫様に相手にされず更にちゃらんぽらんになっているらしい。姫様はエルサレム伯爵子息のことを毛嫌いしているし、子息も私がいないのをいいことに好き勝手やったのだろう。
「それでエルサレム伯爵子息はいまどこに?」
「姫様の手を触ろうとしたので、メルちゃんと一緒に潰して転がして置きました」
「なら良い。だがだとすれば姫様の機嫌をとらないといけない訳か」
「はい。なので至急姫様のお部屋へお願いします。このままではエリトリア公爵令嬢とのお茶会まで台無しになってしまいます」
それは不味い。万が一エリトリア公爵の耳に入れば不味いことになってしまう。主にエルサレム伯爵の胃が。ただでさえ、息子の行動で頭が薄くなっていっているというのに。これで倒れられたら財政関係が大変なことになる。
「姫様の機嫌をとることが国を救うことになります。なので頑張って下さい。救国の英雄様」
「その名をこんな時に使って欲しくないな」
冗談っぽく言っているが、本当に困っているのだろう。メルではなくエルが来たことが何よりの証だ。基本的にエルは姫様から離れないのだから。・・・仕方ない。ルー様には悪いが今回は姫様優先だ。
「分かった。姫様の部屋に向かおう。エル、悪いがルー様に伝えておいてくれ。夜でよければ時間もあるし、急ぎで無ければその時間にと」
「分かりました。姫様をお願いします。」
「すいません、グラス団長。失礼します」
おう。とグラス団長の声を聞き、姫様の部屋に早歩きで向かう。後ろからからグラス団長のしみじみとした声が聞こえて来た。
「お前も大変だな。騎士なのに」
全く以てその通りですと心の中で叫びながら私は姫様の部屋に急いだ。