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自縄自縛  作者: 茶子
2/16

胎内

 私の声はどこにあるだろう。

 私の身体はどこにあるだろう。

 私はどこにいるのだろう。


 泥濘の中で目が覚めた。

 私はぬかるみに満ちたここを子宮と呼ぶことにする。

 脈動も幽か、静かにぼうっと存在するそこで、私は徐に半身を起こし、ゆらりと首を傾けて闇に溶け込む長髪を引きずる。

 ずるりと抜け落ちるように身体をぬかるみから出す、どろりとしたそれは、未だ私の青白い肢体にこびりついているようだった。

 表皮のような、卵の白身のような、心なしか守られているような気持ちになり、へばりつくその泥を拭うこともせずに、そのままに私はぴちゃぴちゃと歩みを覚えた。

 足は泥濘を押し、蹴る。

 これはなんだろうと思いつつも、色がわからない、ただどろどろする、ねばねばはあまりしない、なんだろう、なんだろう。

 ぴちゃんぴちゃんと歩いていると、真っ黒の中にハッキリと浮かび上がるように私の体だけが見えていることに気づいた。

 腕が、足が、自分のそれだけが道しるべになる、自分を示す。

 まるで私が灯りにでもなったかのよう、唯一の存在に恍惚とし、陶酔し、私は爛々といい気持ちになる。

 私よ、私を見て、道に迷わないで。

 ぴちゃんぴちゃん。


 「服くらい着たらどうだい」

 突然の声に私ははっと足を止める。

 ぶらんと腕を下に向け、ゆらりと首をかしげて下目に私はそれを見た。

 「誰」

 初めての、私の声だった。

 「白が映えることは保証しよう、それととても美しい、だが君は人間の形をしているんだ、服は着てもらうよ」

 しかしそれは私の初の第一声を無視し、自分の言いたいことだけ並べ立てた。

 ぎち、と歯ぎしりする。

 嫌な、奴だ。

 「ほら」

 それが小脇に抱えていた布の塊がぽいと放られ、放物線を描く。

 暗闇で白を纏って布の塊は旋回し、広がり、網のようになったそれは私の頭部を徐に包み込んだ。

 ばさあ、とくぐもった音が鼓膜を包む。

 何が起きたか、何をすれば良いのかわからず、私は頭から布をかぶった状態のまま呆けたように棒立ちをしたまま、動かない。

 「取って、着てご覧」

 それは尚も声を続ける。

 私は右腕を上げ、指先を布に這わせ、そして手のひらでがしりと布を掴み、ばさりと引き剥がしてみせた。

 翻り、宙に舞う。

 すぐに下を向いた布を、左手も使って再度、広げてみる。

 全容を見せたその白は、布切れに穴を開けたようなワンピースだった。

 「着方はわかるかい」

 馬鹿にされていることはわかった私はムッとしてワンピースを頭からすっぽりとかぶる。

 もぞもぞと動き、腕を通して、頭を外に出した。

 すとんとワンピースの裾が落ちる。

 丈は、ひざ下で、泥濘に触れそうだった、私は白が汚れるのが嫌で、裾を摘み、持ち上げてみる。

 それは、私の様子を見て目を細めた。

 私は新たな「守られている」に包まれ、強気にそれを睨みつけた。

 「泥の中にいても産声は上がらないよ、おいで」

 それは興味のなさそうな冷めた目で、身を翻し、背を向けた。

 虚空の闇に向けて、歩き出す。

 真っ白のそれは、まるで灯りのようだった。

 白は、白を追いかけることになるのだろう、私はとても癪だったが、ばしゃばしゃと早足にそれを追いかけた。

 「光を教えようか」

 それは言う、そして一つ、提灯を提げて見せる。

 どこから出たのか、手品だろうか、それはいろんなものを持っている。


 歩みを続けるうちに、泥は無くなった。

 付いたものも乾いて、私は声を漏らした。

 「おはよう」

 それは言った。

 「初めまして」

 それは、不知火と、名乗った。

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