問答の一遍a
幸せという言葉が邪魔だった。
ここに居たいと泣き喚きながら、ここから逃げ出した。
自分は一体何がしたいのだろう、「何がしたいの?」と声が聞こえた。
いやなに、邪魔だっただけさ、君が、私が、俺が、自分が、幸せが、居場所が。
「何がしたい」「何が言いたい」「どうしたい」「どうして欲しい」どうすればいいの?
問いに問いを重ねた。問いを被せた。どうしたい、どうすればいい。何処に行こう、何処がいい。
いや、何処でも。
己の身が一つ最期に残るなら、自分は何処だって良いんだよ。それは恐らく、いや、確実に、我が儘と呼ぶに相応しい身勝手だ。我が儘を身勝手と云うのか、そんな事はどうでも良いのだろうか。
人は自分をどう見るだろう。
「自分は自分ですよ」ふふ、と笑う貴女が眩しい。何でも話しちゃうくらい、口が滑る滑る、これを言えば貴女はどう笑ってくれる?
お前は可笑しいと罵る人も居る、普通では無いですねと笑って並んでくれる人も居る。
これをこう言えば、あなたは何を言ってくれるだろう。
ヘンだ、と笑ってくれたり、何も言わずに離れたり。
時間が流れていった。
春夏秋冬、いろんな恥を塗りたくってきた。
一重に全て、向こう見ずな木偶の坊。思い返せば全部自分が悪かったのだ、これも人には身勝手に見えるだろう、もう何も言うまい、いや云う。
狭い路地を、様々な人とすれ違った。同じ方向を往く人と並ぶこともあった、何せ狭い道だ、硬い塀に肩や腕を擦り付け、血が滲む事もあった。中には退けよと言わんばかりに後ろに突き倒してくる人も居て、折角歩んだ道を数歩戻らされたり、転んで歩みを止められる事もあった。
でも、決まって自分はそんな時こう言ったんだ。
「唾付けときゃ治るよ」
実際、唾なんて付けたところで、開いた傷口は、塞がることは無いんだ。
自分はその傷を袖の下に隠して、黒地に赤を隠しながら、人の横に並び直した。自分の顔なんて知らないけれど、その時の自分の顔は、良い顔をしていたと思う。
だって、擦れ違う人はあんなに、良い顔をしてくれていたのだから。鏡はいつだって、どこにでもあるよ。




