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9 暗黒魔法団

「あんまさん? 黒田さんって、マッサージもやってるの?」

 京子はしゃがみこんで、クンネにそっと訊ねた。

「違うよ、お京さん。ア・ン・マ・ダ・ン。暗黒魔法団のことさ」

「暗黒魔法団? いかにも悪者の名前ね。で、それは何?」

「この世を悪い暗黒魔法で支配しようとしている奴らさ。トスナルの兄貴も、奴らに――」

 クンネがそう云いかけたとき、おばちゃんの叫び声が通路中に響いた。

「ちょ、ちょっと、何云ってるのよ。犯人? 手先? さっぱり解らないわ」

 顔を真っ赤にしながら、頭の鳥の巣を振り乱す黒田。蔵波はキョトンとした目で、トスナルを見つめる。


「ボクはね、今日の朝からクモに変身して、この掃除器具室の天井からぶら下がってたんですよ。早起きは、ちょっとつらかったけど……」

 トスナルが、指で壁のスイッチを押した。ウイーンという音ともに、開いていく壁の扉。中から、薄暗い器具室が現れる。

「そしたら、鼻歌を歌いながら黒田さんがやって来て、周りを少しうかがった後に、ボクをつかんでポケットにぽいっと入れたのです。目を輝かしながら」

 黒田のおばちゃんが、ぐうの音も出ないという感じで、うー、と唸る。


「大分、痛かったですよ。生き物を扱うときは、もう少し優しくしないといけません」

 右手で左腕の辺りをさする、トスナル。

「よく云うわ、私のナッキーを蹴っ飛ばしたくせに」

 京子が、不満そうに呟く。

「黒田さん……、それは本当ですか? あなたが、犯人……なのですか?」

 藤山が、震える声で云った。

「ち、違います。確かに、私はウソをつきました。実は私、クモとかトカゲとかが大好きなんです」

 京子は、怯えた顔つきで、黒田を見つめた。


「そしたら最近、器具室にクモが出るようになったので、つい、我慢しきれずに、自分の家に持ち帰ってしまったんです」

 表情が一瞬凍りついたようになった、蔵波。

「お、おまえだったのか……」

「社長まで、何云うんです。私は犯人ではありませんよ」

 いよいよ慌てる、黒田。間宮は、いつものニタニタ顔に戻ると、トスナルに訊ねた。


「黒田さんが、ウソをついていたことは解りました。けど、どうして、それが犯人であるという証拠になるのですか?」

「なるほど、おっしゃるとおりです。それは――」

 トスナルは、待ってましたとばかりに、右手の人差し指で器具室のほうを指し示した。

「この床と壁に、魔法が掛かっていたんです。しかも、ややこしいヤツです。これを、前の現場検証では見抜けませんでした」

「ややこしい魔法?」

 京子が首をかしげる。

「そうです。正確に云うと、二つの魔法です。一つは、ここに迷いこんだ人を、器具室に閉じこめてしまう魔法。もう一つは、その魔法の効き目を一時的になくす、プロテクト魔法」

 一同が、シン、と静まり返った。


「では、私がそのプロテクト魔法を、解いてみせます。かなり強力な魔法ですから、危険なんですが――」

 トスナルが器具室のほうに向いてしゃがみ、精神を集中させる。体全体を、紫色のオーラが包みこむ。


「エヴントス、ハマラート!」


 ベージュ色の床と白い壁が、一瞬鈍い茶色に変色し、元の色へと戻る。荒い呼吸をしながら、立ち上がってフードの中の汗をぬぐったトスナル。

「ふう、これでよし、と。それでは、どうやって人を閉じこめたのか、実際にお見せしましょう。それでは、お京さん、こちらに」

「は? 私?」

 京子は、まるでキツネに化かされたかのような抜けた顔をして、人差し指を自分の鼻にあてた。

「まあまあ、こちらに」

 トスナルは、京子の肩をそっと抱くと、器具室の前に京子を連れていった。


「さあ、お京さん。ここが、探偵秘書の実力の見せ所ですよ。ここの、床の上に立ってもらえますか?」

「こ、ここ?」

 京子は鈍い茶色の光を発する、わずか一メートル四方の床の上に、ちょこんと立った。

 その途端、床が淡い赤色に変化した。京子の姿はみるみる小さくなって、一匹のクモになった。そして、今度は壁が赤色に光ると、ヒュン、という音をたてて、クモが何処かに消え去った。

「た、田中さん!」

 慌てる藤山に、トスナルは穏やかに云った。

「ご心配は要りません。お京さんは、ここにいます」

 トスナルが、暗い器具室の天井を指差す。そこにいたのは、黄色と黒のまだらのクモだった。お尻から出た透明な糸で、天井からぶら下がっている。

 そのクモは、まるで文句でも云いたげに、体をゆらしてぶんぶんとゆれているように見えた。


「バリボン、ドモラール!」


 クモが姿を消した瞬間、忽然とまた、目の前に現れた京子。

「ちょっと、何すんのよ!」

 京子は、トスナルのほほを思いっきり黒いフードごとひっぱたいた。

 トスナルのフードがはらりとめくれ、その中から銀色のボサボサの髪の毛が現れた。赤く腫れた頬を左手で押さえ、蒼い瞳に涙を溜めるトスナル。


「イテテテッ……、な、何するんですかっ」

「それは、こっちのセリフよっ。よりによって、私をクモに変えるなんて!」

「まあまあ、抑えて京子さん」

 クンネが京子のひざ辺りにしがみつき、なだめた。

「仕方ないわね……。今度また変なことしたら、ただじゃ……」

 怒りが冷めやらない京子は、まだブツブツと文句を云っていたが、トスナルはほっとした顔をして、つっ立ったまま何も云わなくなった一同の方に、向き直った。


「……もう、おわかりですね、皆さん。犯人は魔法使いで、床にクモに変身する魔法を、そして、壁にクモを器具室の中に瞬間移動させる魔法を掛けたのです」

 トスナルは、静かな口ぶりで続けた。

「そして、まんまと罠にはまり、クモとなった人をポケットに突っ込み、誰にも気づかれない形でここから連れ去ったのです」

 トスナルは、黒田のおばちゃんの前に、一歩進み出た。

「そんなことが、誰にも怪しまれずにできる人――。それは、あなたしかいません、黒田さん。いや、掃除のおばさんに成り済ました、暗魔団の手先さん!」

 トスナルは、おばちゃんに向かって、まるで拳銃を打つようにオレンジ色に光った右手の人差し指をつき出し、身構えた。蒼い瞳が、鋭く光る。


「連れ去ったクモ……、いや、連れ去った人たちをどこにやった? おまえの正体を現せ!」

「だ、だから私には解らないわよ……」

 怯えて、後退りするおばちゃんの体が、すぐ後ろに立っていた蔵波の体にぶつかった。ショックのためか、うつむいたままの蔵波。


 蔵波は少しよろけるように後ろに下がると、下を向いたまま急に低い声で笑い出した。

「クックックック……。魔法使い探偵とは、聞いて呆れる」

「く、蔵波さん、どうかしたんですか?」

 おかしくなった蔵波の肩を抱えようとして近付いた藤山の腕を、蔵波はまるで薄汚いものを避けるかのように、右手でバシッと払った。驚いた藤山は、尻餅をつくようにして、倒れた。

「藤山さん!」

 慌てて藤山を抱え起こす、間宮。


「オレの体に触るんじゃねえ、バカヤロが――。オレを誰だと思ってるんだ?」

「ソージ屋の社長さん」

 あっさりとそう答える京子を、蔵波がにらみつける。

「……。おい、トスナル、その女を黙らせろ。今、すんごく良い場面なんだからな」

「何ですってえ!」

 暴れる京子の肩を抱え、必死に抑えるトスナル。


「聞いて驚くなよ。オレはな――バリボン、ドモラール!」

 蔵波の脂ぎったおでこが、まぶしく光った。

「ま、眩しい――」

 右手を目の前にかざし、光を避けようとするトスナル。その光が収まったとき、そこには蔵波とは全く別な男が立っていた。


「オレの名は、クラーナ。暗黒魔法団、関東支部長だ。ちょっと偉いんだぞ」

 トスナルと似た、黒ローブを身に付けた格好。魔法使いであることは間違いない。しかし、そのローブの色は、他のどんな色を混ぜても黒以外の何物にも成らないかのような、まさに暗黒、艶消しの黒だった。

 胸には、牙を生やしたクモのマークが付いていた。右手には、まるで鉛筆の芯を大きくしたような、真っ黒な杖も見える。


「全く……。何でボスは、こんなボンクラ魔法使いを気にされておられるのか、理解に苦しむ……。ま、それはそれとして、トスナル、おまえの推理、間違ってたぜ」

 京子が、むっとした表情を表に出して、トスナルをにらみつけた。


「まあ、魔法の種類は合ってたな。でも、暗黒魔法団のメンバーであり、魔法をかけた犯人は、このオレだ」

 トスナルは、京子からの強烈な非難目線を浴びながら、気を取り直すように、オレンジ色の指先をクラーナに向けた。

「全くこのおばさんには、参ったぜ。俺たちのシンボルでもある、世の嫌われ者のクモがまさか好きだったとはな……。変だと思ったんだ。あんなに『クモ、クモ』と騒いでいた割に、器具室にクモが見つからなかったんだからな」

 そう云い終えると、クラーナは素早く黒田のおばちゃんを左手で抱え込み、人質にとった。暗黒のフードの中から、クラーナの茶色い髪の毛がちらりと覗く。

「おっと、攻撃魔法はいけないぜ。このおばさんが死んでもいいのか? ま、気持ち的には、オレが今すぐここで殺してやりたいくらいなんだがな」

 バタバタもがくおばちゃんを盾にして、クラーナはジリジリと後退して行く。


「まあ、今となってはクモになったヤツなんて、どうでもいいさ。何処かで飢え死にしていても、オレの知ったこっちゃない。今回は、おまえの力を試しただけ。おかげで、ボスにいい報告ができそうだ。クックック――」

 それを聞いたトスナルは、いきり立った。

「何だって? じゃあ、おまえはただこのボクを試すだけのために、こんなことをしたって云うのか?」

「そのとおりさ、ボンクラ探偵さん。そこの役人さんたちにおまえの存在を教えてやったのは、オレなんだからな。そうすれば、いずれはおまえが出てくると思ったぜ。案の定、藤山はおまえに依頼した。それを聞いたオレは、壁と床にプロテクト魔法をかけた。おまえを試すためにな」

 薄ら笑いを浮かべる、クラーナ。

 そのとき、トスナルの全身から紫色のオーラが吹き出した。ビリビリと電気のようなしびれを全身に感じた、京子。


「ユルサナイ……。ユルサンゾォ!」

 悪魔が乗り移ったかように、先程までのトスナルとは全く別人の低い声で、トスナルが唸る。


「アスピタル、チューン!」


 トスナルの指先から黄色いイナズマ的光線が発射され、それはおばちゃんの頭の上の鳥の巣をかすめて、消えていった。

「うっひゃあ、私を殺す気?」

 悲鳴をあげる、黒田さん。

「イカン、アイツ切れてる! 切れると何を仕出かすか分からんのだ」

 クンネは弾けるように走り出し、トスナルとクラーナの間に、割って入った。


「クラーナ、もういいだろ? おまえの目的は果たされた。とっととここを去れ! ただし、次に会ったときは、容赦しない」

 クンネが、野生的に黄色く目を光らせ、云った。

「容赦しないだと? コイツ、何云ってんだ? 生意気な猫め、コッチこそ次は容赦しないぜ。……まあいい、確かにオレの目的は果たされた。そろそろ帰るとするか。アッハッハ」

 クラーナは、高らかに笑い声を発した。

「そうそう、報告には『トスナルちゃんは怒ったら恐い』と付け足しとくよ。じゃあな、アバヨ。――ボビアス、ポレティーア!」

 クラーナは、黒い煙とともに、消えた。


「マテ! ニガスカ!」

 慌てて煙の中に手を突っ込む、トスナル。しかし、そこにはもうクラーナはいない。トスナルが、ギリギリと歯ぎしりの音をたてた。

 黒田のおばちゃんが、その場にへたれ込む。腰が抜けて倒れたままの藤山の横で、間宮はワクワクした目で、トスナルを見つめている。

 トスナルを覆う紫のオーラが、次第に消えていく。

 それを見たクンネが、安心したように、溜息を漏らした。

「ふう――。ところで、黒田さん。連れ去ったクモはどこに?」

 クンネの質問に、ハッとした表情でおばちゃんが答える。

「三匹とも、私の家にいます。大事に飼ってるんですよ」

「ほう、それは良かった……。あとで、このトスナル先生が黒田さんの家に行って、彼らを人間に戻してくれるよ。なあ、トスナル?」

 トスナルは、返事しなかった。

 クンネに背中を向けたまま、黙って握りこぶしを固めている。


「……。じゃあ皆さん、事件もほぼ解決しましたし、帰りましょうか? あっそうそう、藤山さん、依頼料のこと、是非是非お忘れなく」

「わ、わかりました。明日には、事務所にお届けいたします」

 間宮のニタニタ笑いを残して、藤山と間宮は事務所へと戻って行った。

 黒田のおばちゃんが、急に気付いたように叫び声をあげた。

「あら? じゃあ、本当の社長は何処に行っちゃったの? 会社が潰れちゃう」

「あ、それは、心配ないみたいですよ」

 トスナルは突然振り返ると、階段の床の隅っこで怯えたようにうろちょろしている、一匹のクモを指差した。

「多分この前、器具室から抜け出したクモです。そして恐らく、これが本当の社長」

 トスナルが呪文を唱えると、クモはテカテカのおでこをした、おじさんになった。


「良かったぁ、やっと人間に戻れたよ! 黒田さーん」

 本当の蔵波社長は、黒田のおばちゃんに跳び付いて、大人げなくわんわんと泣き出した。

「めでたし、めでたし、と云いたいところだけど、推理が間違ってたわ。よくもまあ、美人秘書に、恥を掻かせてくれたわね」

 京子は、指をボキボキと鳴らしながら、鬼の目付きでトスナルににじり寄った。

「ご、ごめんなさい。つ、次こそ、がんばります――」

 蒼ざめたトスナルが、クンネを肩にひょいと載せ、風のように走り去る。

「全く、アイツらしょうがないわね……。そうそう、黒田さん、あとで必ずご自宅にトスナルのバカを行かせますので、ご心配なさらずに」

 京子は、まるで子どもの不始末を詫びる母親のようであった。

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