表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/10

7 マドガン導師、現る

「わしじゃよ、わし。わしの顔を忘れてしまったかの?」

 真っ白く長い顎鬚あごひげに、深緑の魔導師のローブ。皺だらけの左手にがっしりとした木の杖を持ち、ほとんど一本の線になった目で穏やかにトスナルを見つめている。背恰好はトスナルの半分くらいと、小柄なお爺さんだ。


「こ、これは、お師匠さま」

 トスナルは急にひざまづくと、うやうやしく礼をした。

「バカモノ。マドガン導師様と呼べと、何度も云っておるじゃろ」

「あ、そうでした、そうでした……。お師、いやいや、マドガン導師様、今日は何の御用ですか?」

「師匠が弟子の様子を見に来るのに、何か用がなくてはダメかの?」

 マドガンは、コツコツと杖をつきながら新品の水色のソファーに近寄り、そこへと腰を降ろした。それを見届けたトスナルは、慌ててみかん箱に座り直し、カチンと固まった。


「それにしても、あい変らずお前はトロいのう。身構えるのが遅いんじゃ。わしがあの時、攻撃魔法を出しておれば、お前はとっくに倒れておる」

「はあ、面目ございません。ちょっと考えごとをしてたものですから……」

「言い訳は無用。言い訳ばかりなのは、昔からちっとも変わっていないようじゃ。そんなことでは暗黒魔法団には……、いや、それはまあいい」

 マドガンは、左手に持った杖をトスナルの方に突きつけた。

「お前、迷っておるじゃろ」

 トスナルは、ギクリと目を見開くとマドガンを見つめた。


「図星じゃな。わしは何でもお見通しじゃぞ」

 ふんぞり返る、マドガン。

「その通りです、マドガン導師。今、ある事件の捜査をしておりまして、犯人とその手口について、判断を迷っているんです」

 俯きながら弱々しい声で話す、トスナル。

「なるほど。じゃあ、わしにその事件と今のところの手掛かりについて、話してくれるかな? おっと、その前に……茶を一杯入れてくれると有難いのう」

「は、はあ」

 トスナルは、軽くあごをつき出して、気のない返事。それから、おもむろに模様替えで訳のわからなくなった台所に向かうと、どっしゃんがっしゃん、食器や鍋釜をひっくり返し、何とか湯飲みと急須を探し出した。


 こぽこぽこぽ……

 やっとのことでお茶を入れ、マドガンに湯飲みを差し出すトスナル。


 ずずずっずずっ

 マドガンは、お茶をすすって満足そうに微笑んだ。

「それでは、話をしてくれるかの」

 トスナルは、こくりと一度小さく頷き、ポツリポツリ、話を始めた。



「魔法じゃな。魔法の臭いがする」

 話を聞き終わり、お茶をゆっくりと飲み干すと、マドガンは云った。

「魔法……ですか?」

「そうじゃ。何故なら、お前が白い壁の正体を明かす魔法を掛けたとき、何も起こらなかったじゃろ」

「その通りです」

「魔法を打ち破れる力――。それは、魔法以外にない」

 真っ白で長い眉毛が覆い被さった師匠の目が、微かに開いた。

「――もしかして、暗魔団?」

 トスナルの目が、キリッと鋭くマドガンを見つめた。


「……恐らく、そうじゃろ。お前には、イヤな話じゃろうがな」

 お茶を啜ろうとする、マドガン。しかし、お茶はもう無かった。

「まあ、とにかく考えてみることじゃ。三人のうち誰かが、暗魔団の手先であることは間違いあるまい」

 マドガンは空になった湯飲みをトスナルに突き出し、御代りをもらおうとした。

 しかし、トスナルは湯飲みに目もくれず、考え込んでいる。

 しぶしぶ湯飲みを引っこめる、マドガン。


「では、お茶もなくなったし、帰るとするかな」

 マドガンはトスナルには通じないイヤミを云いながら、どっこいしょと立ち上がった。トスナルは、それでもまだ、考え中。ピンク色の壁を穴の開くほど見つめ続けている。

「ああ、そうそう。云い忘れたが、この事件のカギはクモが握っておるぞ」

「クモですか?」

 トスナルがようやく口を開き、マドガンの顔を見る。

「そう、八本足のクモじゃ。現場で出たんじゃろ?」

「どうして、そう思われるのです?」

「どうしてじゃとぉ?」

 それを聞いたマドガンは、急にプンプンと怒り出した。

「カンじゃよ、カン。わしの魔導師としてのカンじゃ。何か不服か?」

「い、いえ、滅相もございません――」

 首をブンブンと振って否定するトスナルを余所よそに、マドガンは右手を高く突き上げた。

「それじゃ頑張れよ。わしは帰るからの――。とはいっても、場所は秘密じゃがな……。ボビアス、ポレティーア!」

 マドガンは、ボン、という音と同時に広がった白い煙とともに、一瞬で消え去った。


「あーあ、行っちゃったよ……。もう少し教えてくれても良かったのになぁ……。あーっ、師匠、杖を忘れてった!」

 トスナルは、ソファーに立て掛けられた、いかにも古そうで黒光りする木の杖を取り上げた。

「まあ、いっか。また何時か来るだろ。届けようにも、何処にいるか分からないし」

 トスナルは、小さな溜息をついて、杖を台所の棚の中にしまい込んだ。


「相変わらず忘れ物は多いみたいだね、ウチの師匠……。ちっとも変わってないや」

 目をつぶり、深々とソファーに倒れ込んだトスナルは、何やら考え始めた。

「暗魔団に、クモ……か」

 久しぶりに、一人っきりの探偵事務所。その外では、すっかり日も暮れて、街灯がチカチカと灯り始めていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ