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6 ピカピカの事務所

 現場検証から二日経った探偵事務所は、何故か朝から大騒ぎだった。

 のこぎり金鎚かなづちを持った大工さんたちが、ドヤドヤと押しかけてきたのだ。

「ちょっと、お京さん。これ、どういうことです?」

 トスナルは、重役出勤したばかりの京子に、恐々訊ねた。京子は、いつの間にかトスナルたちから「お京さん」と呼ばれるようになっていた。まるで、姉御あねごのような呼び名だ。

「どうって、部屋の『模様替え』に決まってるじゃない」

 ウキウキ顔の、京子。


「も・よ・う・が・え?」

「そうよ。この部屋は、私が働くのに相応ふさわしくないわ。何かこう、暗いのよね。あ、それと――」

「な、何ですか」

「この机、捨てるわよ」

「えーっ、どうしてぇ?」

「かわりに、私の座るソファーを置くからよ。机の中の物は部屋の奥に棚を置くから、そこに入れておいてちょーだい」

「ムチャクチャですよ……。今すぐ、止めさせて下さい」

「あんた、自分の椅子を心配してるの? だったら大丈夫よ。あんたの椅子も、クンネちゃんの居場所も、新しくしてあげるから」

「……お京さん、ボクの云ってること聞こえました? 今すぐ――」

「何・か・いっ・た?」

 今まで上機嫌に話をしていた京子の目が、鋭く光った。全身から、まるで炎のような赤いオーラが燃え上がる。


「い、いえ、何でもありません。どうぞ、ご自由に……」

「あ、そう。じゃあ、模様替えの邪魔になるから、ちょっと外に出ててくれる?」

「あ、はい。って、えーっ?」

 探偵事務所の主人トスナルは、まるで泥棒猫のように、ポイッと部屋から追い出されてしまった。

「で、何でオイラも一緒なんだよ」

 トスナルの肩の上で丸まり、むっつり不機嫌そうに呟く、クンネ。

「知らないよ。お京さんに聞いて」

 黒ローブの男は、口をひん曲げた顔でそう云うと、テクテクと歩き出した。


 ギラギラとした夏の日差しが、黒ずくめの一人と一匹に襲いかかる。歩き出して五分も経たないうちに、トスナルはヒーヒー喘ぎ始めた。

「公園でも行って、休む?」

 小さな公園を見つけたトスナルは、クンネの意見も聞かずに公園に逃げ込んだ。

 ちょうど大きな木の日陰になった、誰もいないブランコが二つ。トスナルはその一つに腰掛けると、ぎいこらぎいこら、ブランコを漕ぎ出した。


「ところで、犯人の目星はついたのか?」

 しばらくの間、トスナルの肩に大人しく乗っていたクンネが、ぼそっと訊いた。

「いや、まだ……。でも、あの掃除器具室がカギを握っているのは、間違いない」

 ゆっくりと揺れるブランコにつかまり、俯き加減で答えるトスナル。

「じゃあ、犯人は掃除器具室を管理する三人のうちの一人?」

「ああ、多分そうだろう。だけど、三人とも決め手がない」

「でも、間宮は事件解決の依頼者だぜ」

「事件解決の依頼者が犯人だった、なんてのはよくあることさ。この前なんか、探偵が犯人だったし……」

 ブランコが不意に、止まる。思いつめた顔のトスナルは、地面に何やら靴のつま先で文字を書き始めた。


「黒田のおばちゃんのクモに対する怯えは、ちょっと変だ。いかにも、ワザとらしい。蔵波さんのクモを見たときの、異常なほどのドギマギ。あれも怪しい。間宮さんは、どう見てもボクに挑戦してる。そんな目だった」

「犯人の動機は何だろう?」

「それが、全く解らないんだ。消えた三人の共通点が見つからない。ただ、犯人は間違って左に曲がった被害者を掃除器具室に引っぱりこみ、何処かに連れ去ったのは確かだよ」

「どうやったら、他の人に見つからずにそんなことができるだろうか」

「さあ。さっぱり解らない」

 はあ? と顔をつき出す、クンネ。

「……期限は明日だぞ。大丈夫か?」

「まあ、なんとかなるさ」

 モジモジと地面に文字を書いていたトスナルが、急に顔を上げてニタリと笑った。


「お、何かひらめいたか?」

「違う、違う。これ、これ」

 トスナルが指差した先の地面を、クンネが覗き込む。そこには、『京子のバーカ オタンコナスのデーベーソー』という文字が書かれていた。

 クンネは、ちょっと呆れた顔をした後、急にケタケタ笑い出した。トスナルも、つられてアハアハと笑い出す。

 まさに「笑うしかない」という、一人と一匹。

「消えた人たちは、今頃、何処で何してるんだろう……」

 トスナルは空を見上げ、またゆらりとブランコを漕ぎ始めた。



 夕暮れも迫り、重い足どりで事務所へと戻ったトスナル。大きな溜め息を一回ついて、トントンとドアをノックする。

「あ、どうもぉ、失礼しまーす」

 背中を丸めながら、恐る恐る部屋に入るトスナル。

(自分の事務所に入るのに、『失礼します』はないだろう?)

 クンネは、心の中で小さく突っ込んだ。


「あー、ちょうど良いとこに帰って来たわ。さっき、工事が終わったとこなのよ」

 京子は、満面の笑み。

「これで、やっと落ち着いて働けるわね。あ、そうそう、お金の事は心配しないで。パパにおねだりしちゃったから――」

 口をあんぐりと開けて立ち尽くすトスナルの肩を、ぽんぽんと京子が叩く。

「じゃあ、私帰るわよ。それと――」

 京子の眼差しが、急にきつくなった。

「地下鉄の事件、明日が期限よ。まさかとは思うけど、美人秘書に恥をかかせるなんてことは、絶対にないでしょうね?」

 京子はそう云い残し、事務所から悠然と去って行った。


 トスナルとクンネは、京子にサヨナラも云わずに、しばらく動かなかった。というよりは、あまりの驚きに動けなかった、というべきか。息をするのも、忘れちゃってる感じ。

「こ、これって、ホントにボクの事務所?」

 事務所は、ピンクの壁紙で一色になっていた。床は、ピカピカのフローリング。

 入り口から入ってすぐに、古ぼけたお客さん用の白いソファーがあり、テーブルを挟んで向こう側に、水色のとても豪華なソファーが置かれている。

 テーブルの左には、真新しい木のみかん箱が一つ。その上にはハンカチ程度の大きさの、地味な茶色の布切れが敷かれている。

「新しくなっても、ボクの椅子はみかん箱なわけ?」

 気を失いかけ、左右にぐらつくトスナル。そのとき、豪華なソファーの後ろにそびえ立つ、白い「衝立ついたて」の向こう側から、クンネの叫び声が聞こえた。


「ぎゃああ、一体こりゃなんだ?」

 トスナルが気を持ち直し、急いで衝立の向こうに回り込むと、まるで新品のように磨かれた台所と食器棚の間に、これぞアマゾンの秘宝の如く金ピカにメッキされた、蓋付きの大きな箱があった。

「これって、もしかしてゴミ箱?」

 腰の抜けたクンネをよそにトスナルがフタを取ると、箱の底にはギャル文字で「クンネちゃん」とわざわざマジック書きがしてあった。

「まあ、お京さんなりの愛情なんだろ?」

 面白がるトスナルに、クンネは渋い表情。

「オイラ、頭痛くなってきた。ちょっと出かけてくるわ。ドア、開けてくれ」

 クンネは、トスナルに事務所のドアを開けさせると、きゅっきゅという肉球の音を残して、どこかへ行ってしまった。


 一人、部屋に残されたトスナル。深々と京子用の豪華なソファーに寝そべり、染み一つないピンク色の天井を、しげしげと眺めた。

「このソファー、座り心地が良いな」

 そうつぶやいたトスナルは、突然人の気配を感じて、跳ね起きた。


 右手の人差し指を気配の方向に突き出し、身構えるトスナル。右手の人差し指を出すのは、魔法を掛けるときの格好だ。

「誰だ!」

 トスナルの指先が淡いオレンジ色で、妖しく光った。

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