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3 地下鉄通路

「私、市の地下鉄駅の管理の仕事をしています、藤山ふじやまと申すものです」

「私は間宮まみやと申します。同じく、地下鉄駅の管理をしています」

 ソファーに案内された二人の男は、椅子にどっかりと座った京子に向かって、それぞれの名刺をうやうやしく差し出した。


 藤山は、四十~五十歳くらいのヒゲの濃いおじさん。間宮は二十台半ばの茶色い髪の毛をした、何処にでも居そうな、お兄さん。二人とも、市の職員が着るらしい、薄い緑色の作業服を身に着けていた。

「あらぁ、違いますわ。私はただの『美人』秘書ですのよ。探偵は、こちら」

 京子は、白くほっそりした人差し指を、トスナルに向けた。


 トスナルは、どこからか持ってきた木製のみかん箱を椅子にして、干乾ひからびたみかんのような顔をしながら、遠い目をしてテーブルの横に座っている。

「ああ、これは失礼いたしました。あまりにもこちらの女性が堂々としてたものですから……」

 二人の役人が、慌ててトスナルに名刺を渡した。


「……。私が、この探偵事務所の所長兼探偵のトスナル。テーブルに乗った黒い毛玉のようなのが助手の猫、クンネ。そして、この堂々としてずっと前から居たみたいな女性が、新人秘書の田中です……」

 恨みのこもった消え入りそうな低い声で、トスナルが云った。

 クンネは目から発した金色の「儲かりまっか」光線を、京子は目からおびただしい「わくわくが止まらない」光線を、それぞれ容赦なく二人の客人に浴びせている。


「それで、今日のご用件は?」

 生き生きと目の輝くクンネと京子に対し、一人だけ腐った魚の目をしたトスナルが来客者に云った。トスナルが少し動く度に、ギイギイと音をたてる木のみかん箱。

「今から話す事は、ぜひとも秘密にしていただきたいのですが……」

 額から吹き出る汗をハンカチで拭き拭き、年配の方の藤山が説明を始めた。間宮は、なぜか涼しい顔。先程から、面白そうにニヤニヤとトスナルを見つめている。


「最近、この街で起きてる連続失踪事件のこと、ご存知ですか?」

 藤山の目に、鋭い光が走った。

「いえ、ぜーんぜん知りません」

 トスナルが、あっけらかんと答えた。

「だって、ここにはテレビもラジオもありませんからね」


 パシッ

 すかさず、京子の平手打ちがトスナルの後頭部に炸裂。

「あだだっ」

 首の後ろを腕で押さえながら、痛みをこらえる、トスナル。

 京子の鬼のような目線が、トスナルを襲う。


「なぁにをおっしゃってますの、トスナル先生。よく存じておりますとも! 何でも、三人が立て続けに消えてしまって、警察も困っているのだとか……。どうかお気にせずに、お話をお続け下さいませ。おほほ」

「そ、その失踪事件なんですが、どうも地下鉄駅の通路と関係が有りそうなんです」

 藤山は、まるでこの部屋にスパイが紛れ込んでいるのではないかと心配をしているかのように、目をきょろきょろさせながら、小声で云った。

「どういうことですの? 失踪事件と駅の通路……。何の関係が?」

 すっかり話を仕切っているのは、新人秘書だった。トスナルはふて腐れた目でまた遠くを見つめ出し、クンネは相変わらず目から金色の光を出し続けている。


 藤山が、ぐぐっと前のめりになって、京子に近づく。

「消えた三人には、実は、共通点があるのです」

「共通点? 全然、解りませんわ」

 じれったくなった京子の表情が、少し苛立ち始めた。

 敏感に京子の感情を感じとったのか、藤山が後ろに少し、体をのけ反らせた。


「じ、実は三人ともに、桜町さくらまちに出かけると云って、いなくなっているんです。私たちは桜町の地下鉄駅の担当なのですが、念のためと思って、駅の監視カメラの記録を調べてみました。そしたら……」

「そしたら?」

 ごくり、と咽喉のどを鳴らす京子。

「映ってたんですよ、三人とも。それも、全く同じカメラに」

「……って、それだけ? 三人とも桜町に向かったんでしょう? そりゃあ、カメラにぐらい映るわよ」

 不満そうに口を尖らせる京子に向かって、にやけ顔のトスナルとクンネは「そうだ、そうだ」と、こくこく頷いた。少しは、話に参加している様子。

「いいえ、ここからが不思議なところなんです」

 藤山が、トスナルとクンネに冷たい目を向ける。


「高校生の女の子に、サラリーマンのおじさんに、中年のおばさん……行方不明の三人がカメラに映っていたのは、一番出口の通路です。まあ、正確にはそれらしき三人なんですがね……。彼女らはいずれも、駅の中から外へ出る方向に歩いていました。そして、この通路は、一旦外に向かったら、他の出口には出られません」

 汗だくの藤山の横で言葉を発せずに、ニタニタと微妙に口を開いたままトスナルを見つめる間宮。

「その通路には二台のカメラがあります。通路の入り口付近と出口付近。もし、一台目のカメラに彼らが映っていたとしたら?」

「当然、二台目のカメラにも映る」

 京子が、鼻息を荒くして云った。

「そう、そうなんです。そのはずなんです。ところが……」

「二台目には映っていなかった……」

「そ、そのとおりです」

「駅に引き返したって事は?」

「有り得ません。それなら、カメラにもう一度映るはずです。彼女らは、二度と映像画面に映りませんでした」

 事務所を包みこむ、一瞬の沈黙。さすがの京子も、怯えた顔つきに変わった。


「つまり、消えちゃったってことだよね? こ、こりゃ難問だ。料金は、お高くなりますよ」

 クンネが嬉しそうな声でそう云って、微笑んだ。京子が、じっとトスナルを見つめる。

「さあ、あんたの出番よ。こういうときは、まずどうするの?」

「依頼を、断る」

 トスナルが、真顔で答えた。またもや沈黙に包まれる、探偵事務所。

「だって、こんな怪奇現象、探偵というより『祈祷師きとうし』か何かの出番だろ?」

 京子が自分のゲンコツに、はあー、と息を吹きかける。


「トスナル先生、よく聞こえませんでしたわ。こういうときは、何を為さるんですか?」

「げ、現場検証です」

 小刻みに震えながら、トスナルは云った。

「そうですよねえ、おほほ。では、さっそく現場に向かうとしましょう。あらら、もうこんな時間? 初日から残業ねえ……。まあ、いいわ」

「おお! では、この件をお引き受け下さるのですね? っていうか、受けちゃうのかあ……。あ、いやいや、今のはお気になさらずに――。それでは、桜町駅の事務室でお待ちしております」

 地下鉄職員の二人は、引きつった笑顔を残して、タクシーで帰って行った。ビルの前で彼らを見送る、トスナルたち二人と一匹。


「まあ、こうなっちゃったからには、仕方がない……。ボクたちも出掛けるとしましょうか。でも、ボクの愛車に全員乗るのは、ちょっと難しいよなぁ……」

 やる気の微塵も感じられない声で、トスナルが云った。

「愛車って……。どれ?」

 辺りを見回す京子だったが、自動車らしき姿は、何処にも見あたらない。


「これだよ、京子さん」

 クンネがピンクの肉球のついた右前足を、つん、と伸ばした。その先にあるのは、ビルの壁に立て掛けられた、まるで新聞配達のオヤジが乗り捨てていったような錆びた緑色の自転車。

「スーパーウイザード三号。キビキビ走る、働きもんですよ。この前の二号は、ひと月くらい前に側溝に落ちて大破しちゃったんで、先日ゴミステーションにあったのを拝借させて頂いた次第で……。いやあ、ラッキーでしたよ。何たってこの三号は、前かごが大きくて便利なところが特徴でしてね――」

 珍しく、トスナルが明るい表情で、にっかりうれしそうに云った。


「あらほんと、素晴らしい愛車ねえ」

 京子は、薄ら笑いを浮かべると、

「でも残念ながら、私が乗る余裕はなさそうね。私は、自分の愛車で行くとするわ」

 と云って右手を上げ、指先でパチリと音を鳴らした。

 すると、何処からともなくやってきたのは、黒塗りの大きな高級自動車。黒いタキシードを着た運転手が運転席から出てきて、後部座席のドアを開ける。

「それでは、駅の事務室でお待ちしておりますわ。御免遊ばせ」

 京子がするりと車に乗りこむと、運転手が運転席へと戻って行き、辺りに高級感をひしひしと漂わせながら車はゆっくりと出発していった。こうして、京子が目の前から消えていく様子を、トスナルとクンネは、ただ口を開けて見ていることしかできなかった。


「……。あれって、リムジンっていう車だよね……。あ、あの女、一体何者なんだ? 美人で乱暴で魔女みたいな大金持ち?」

「オマエ、探偵だろ? それくらい調べたらどうなんだい」

「うるさいなあ。ボクのモットーは、無駄な事はしないということでしてね――。じゃあ、こっちも出発だ!」

 トスナルは、前かごにクンネを放り込むと、全力でスーパーウイザード三号のペダルを漕ぎ始めた。

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