真実の王が眠る城
†
「それは……あまりにも時代遅れじゃないの? じっちゃん」
「何を云うかエルヴィン、強度も美しさも重視するとこの形が一番いいのじゃ! 文句を云うならこの仕事は引き受けんぞ!」
ヒルデガルトの死から数年後、ドワーフの村の工房で言い争う祖父と孫の姿が在った。
他の職人達は心配そうに、しかし、微笑ましくこの二人のやり取りを聞いている。
「どう思う? ヤン」
「いや、俺は師匠に意見出来ないよ……ここはひとつ年寄りの云うことを聞くべきじゃないかな?」
「何だと? ヤン、誰が年寄りじゃ!」
怒号と笑いが交じる中、馴れた手つきでエンリケの仕事は進む。
その槌を打つ力強い響きはエルヴィンが子供の頃に聞いたものと同じだ。
やがて、二振りの短剣が形を成し、その柄には其々、赤い石と青い石が嵌め込まれた。
そう、エルヴィンはあの守りの石“竜の血”と“竜の涙”を代々伝える為に、ドワーフの名工・エンリケにその仕事を依頼したのだ。
冷やされ磨かれたそれを見た時、エルヴィンは勿論、他のドワーフの職人達も感嘆の声を漏らした。
金の柄に嵌め込まれた赤い石を囲むように太陽の浮き彫りが施され、銀の柄に嵌められた青い石の方は月の満ち欠けを表した浮き彫りで飾られていた。
どちらも刀身は短いながらも、美しい曲線を描いている。
「赤い石は“太陽の短剣”、青い石は“月の短剣”と名付けよう」
名工・エンリケがそう云うとその場に居た者全てが歓声を上げた。
「すげぇやじっちゃん、やっぱりじっちゃんに頼んで良かったよ」
「時代遅れとか抜かしたのは何処の王様じゃ? このハナタレ小僧が!」
エルヴィンがばつが悪くなり頭を掻いて誤魔化していると、可愛らしい高い声が聞こえてきた。
「お兄ちゃん! 一休みして木苺のミルク蒸しを食べようよ! じっちゃんも!」
マルゴが父親のペーターに連れられて工房の入口で呼んでいる。
「懐かしい、それ大好きだった」
エルヴィンがそう云うとマルゴは頬を緩ませ「マルゴもだよ」と云う。
「よーし、マルゴ、家まで競争だ」
「マルゴ負けないよ!」
まるで一緒に育った兄妹のように仲良しじゃないか。ペーターがそう思い見守っていると「じゃ、父ちゃん、俺達先に行ってます!」
エルヴィンが通り過ぎざまに何の躊躇もなく云ったのを聞き、
「父ちゃん……? え?今、父ちゃんって呼んだ? エルヴィンが……!」
感動に打ち震えてその場で泣き出してしまったのをエンリケと職人達は笑いながら見ていた。
やがて、マルガレーテは見るだろう。
愛してやまない子供達が二人揃って自分を目指して駆けて来るのを。
すっかり走るのが速くなった鳶色の髪の娘と、立派な青年に成長しつつも、母親の前ではまるで子供の赤い髪の息子を。
一方、ヴェロア城には新しい騎士見習いの少年が二名到着していた。
「ルードヴィヒ・ローゼンマイヤー、十四才です」
「アルベルト・ロイヒ、じゅ、十三才です」
初々しい、少年と云うよりはまだ子供のあどけなさが残る二人を見て、カミルは目を細めた。
「私はヴェロア騎士団長カミル・キール。ルードヴィヒはグスタフ殿の二番目のお孫さん、アルベルトはロイヒ卿のご子息ですな、お二人ともヴェロア騎士団きっての騎士でしたから、名を汚さぬように精進するよう」
「はい!」
重騎士グスタフはさすがに隠居生活を余儀無くされていたが、まだまだ元気と聞く。
アズウェルで非業の死を遂げたロイヒ卿の息子は母親が止めるのも聞かず騎士の道を志す事を決心した。
「こうして時代は変わって行くのだな……」思わずカミルはそう漏らす。
「騎士団長、何か仰いましたか?」耳ざといルードヴィヒがその独り言を聞いていて、カミルは慌てた。
「いや……これから鍛錬場に案内するが、その前に王妃の墓に騎士となる誓いをたてるのが習わしとなっている。これは王の命令である」
「はいっ!」
「ヴェロア国王のご母堂、ヒルデガルト様ですね?」アルベルトが云う。幼き日のあの嘘をこの少年は覚えているのだろうか? と、少し気恥ずかしくなったカミルは歩みを早くする。
やがて、季節の花で彩られた歴代の王族の墓の中に真新しい石の墓標が見えて来た。
二人の少年は、その墓標に彫られている文言を読み、少しばかり混乱したが、居住まいを正し、跪き、其々がヴェロアへの忠誠と誓いを声高らかに述べた。
「前騎士団長グスタフ・ローゼンマイヤーの孫ルードヴィヒ・ローゼンマイヤー、祖父の志を継ぎ、ヴェロアを守る事を誓います」
「ヴェロアに命をささげたフランツ・ロイヒの子、アルベルト・ロイヒ。父の名に恥じぬ様どのような辛い鍛錬も耐えて見せます」
口上が終わると、二人供再び石に刻まれた文字を見詰め、何かを納得したように微かに頷いた。
その文言……エルヴィンが石工に彫らせたその言葉に誰も異議を唱えるものは居ない。
そこにはこう記されている。
― ヴェロア六代目、真実の王・ヒルデガルト 此処に眠る ―
と。
【Die Erzählung von ein Velloa】
Die Burg, wo ein wahrer König schläft
DAS ENDE




