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最初の命令



 馬車に揺られ、ミルラはいつまでも泣いていた。

「そんなに泣いていると、ヒルデガルト様が天国にいけないよ」心配してそう優しく語りかけるジルの声も涙で流され消えて行く。

「ヒルデガルト様……お可哀想……」

 そう繰り返し泣きじゃくる彼女の頬を、ジルは馬車を停め、手綱を離し、両の手で挟む。

「いいかい? ミルラ、あの方は可哀想なんかじゃない。そんな事を云ってはいけない。自分の夢が叶うのを見届けてから旅立ったんだ。それに、人生の最後に君と云う友達が出来て本当に幸せだったろうよ」

「本当?」

「本当だとも……ぷっ」

「何で笑うのよ」

 ジルは自分でそうしておきながら、両手に挟まれたミルラの顔が可笑しくて笑う。

「酷い顔だ!」

「ジルが酷い顔にしてるんでしょ!」

 ミルラはまたもや売り物の絨毯の一巻きを抱え、ジルを打ちすえる。

「ジルのバカ! ジルのとーへんぼく!」

「痛い痛い! ほら売り物にならなくなるからお止め」

 ミルラの手が止まったのは、ジルがそう云ったからではなく、何かに気付いたからだ。

「あれ……」

「どうしたミルラ?」

 ミルラの指差す遥か遠く、森の樹々の隙間を誰かが歩いている。

 頭から被った襤褸の隙間から輝く金の髪。

「エルヴィンの父様だわ! きっとそうよ、死んでなんかいなかったのよ!」

 嬉しそうにミルラが云い、ジルは再び手綱を持つと、馬車をアズウェルに進めた。


 

 霊廟に安置されたべリアルの遺体が無くなったと聞いても、エルヴィンはさほど驚きはしなかった。

 ……やはり死にきれなかったか……

 そう呟いただけだった。

 きっと彼は遠くからヴェロアの行く末を見守るのだろう。

 二度と姿を見せずに、永劫の旅を続けるのだろう。

 今と変わらぬ姿のまま、何百年、何千年と生き続けるのだろう。

 それを考えると、老いて死んだヒルデガルトが途方も無い幸せ者に思えた。その生涯は暗い海で陸地を探すような辛く苦しいものだったに相違無いが、最後の微笑みが全てを語っていたとエルヴィンは信じている。

……でも、狡いです母上。これで私は永遠に、貴女を越えられなくなった……

 初めてヒルデガルトに会った時の事、ヒルデガルトを恐れていた事、憎んでいた事、頬をぶたれた事、全てが懐かしく、その一つ一つが宝石のように美しく価値あるもののように思えた。

 歴代の王族の墓に、彼女の棺が埋葬されるのを見ながら、心の底からそう思った。

 城の者は誰もが涙し、その死を悼む。

 城下の者達も黒い布を被り、静かに喪に服す。

 そんな光景を見てエルヴィンはやおら立ち上がり、墓標を設える為に控えていた石工にこう命令した。

「石工よ、王として一番最初の命令をそなたに云い渡す。名誉に思うが良い」

「畏れ多く存じます。私に出来る事ならなんなりとお申し付けください。ヴェロア国王陛下」

 石工は驚き、恐れおののきながら頭を低くし、跪いて次の言葉を待った。


 

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