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最高の微笑み




 ヴェロア王家御用達の仕立屋は、短時間でエルヴィンの正装を縫わねばならず、司祭や僧侶が半ば拐われるように城の広間に連れて来られた。

 しかし、誰もが皆事情を把握していたので、不服を口にする者は無い。

 長きに渡り、王の居ない国にやっと王を迎える事が出来る。

 それは、ヒルデガルトの負担を減らす事でもあり、国の行く末が定まる事でもある。


 仕立屋が用意した外套は赤い髪に映える深い緑色で、それは彼の目の色でも、彼が生まれ育ったドワーフの村を囲む森の色でもあった。

 縁に細長い金糸の別布が縫い付けられ、それには馬や剣、城や騎士、それに小さな人― ドワーフ ―などが刺繍され、とてもにわか仕立には見えない。

「王子様が城にいらしてからずっと、職人達が少しずつ刺繍していたのでございます」そんな仕立屋の言葉にエルヴィンは感激し、この国に王を迎える事の意味、今迄王の不在が民にどのような不安を与えていたのか痛い程に思い知る事が出来た。

 それはきっとヒルデガルトの心中と同じだと云う事も。

 エルヴィンは居住まいを正し、外套を羽織ると、戴冠式が執り行われる広間へと向かった。

 

 大勢の者で賑わっていると思いきや、そこに居たのは十名にも満たない。

 司祭と僧侶、大臣、そして……またもや無理をしているのであろう……背筋を真っ直ぐに伸ばし、美しく金の椅子に座すヒルデガルト。

 見馴れた城、見馴れた広間なのにしんと静まり返り、荘厳で神聖な空気に満ちている。その中をエルヴィンは緊張の面持ちで歩き、司祭の前で跪く。

「父と子と精霊の御名においてエルヴィン・フォン・ヴェロアを第七代ヴェロア国王とする」

 王冠のずっしりとした重さがこれからの自分の責任の重さなのだと痛感していると

「何をしておる、王よ。早くその姿を民に見せぬか」ヒルデガルトが叱咤した。

 ― きっと、王になっても自分はこの人を越える事は出来ない ―

 悔しく思う訳ではなく、心の底から当たり前のようにそう思った。


 しかしエルヴィンが露台から国民に姿を見せ、広間の中を振り返ると事態は一変していた。

 先程まで寸部の隙も無く威厳を放っていたヒルデガルトが首を傾けて目を閉じている。

「母上?」きっと、また強い痛み止めを使い、疲れて眠ってしまったのだ……誰もがそう思った。否、そう思いたかった。

 笑みさえ浮かべていたから。

 いつものような片方の口の端だけを上げる狡猾な笑みではなくそれは本当に、まどろみながら楽しい夢を見ている乙女のような暖かい微笑み。

 母親が産まれたばかりの我が子を抱いた時のような慈しみに満ちた微笑み。

「母上!」

 しかし、エルヴィンの声は静かな呼び掛けから絶叫へと変わった。

 


 

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