遠い夢
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「全く、こんなもので騙されるとは、女官長殿もお歳を召したんではないですかな?」
ヒルデガルトの自室前では、女官長が大臣に叱られていた。
「いえ、痛み止めが効きすぎて眠いと仰っていましたし、それは本当にヒルデガルト様のお髪の色にそっくりでしたから……」
大臣の持っていた銀ぎつねの毛皮を指差し、しどろもどろになりながら、女官長は言い訳をする。
「大臣、私にも責任があります。女官長だけを責めないでくださいませ。それに女官長は私の刺繍のニワトリと南の国の蛇神とを見間違える程目がお悪いので仕方の無い事でこざいます」
侍女の助け船は大臣を納得させたが、女官長自身は顔を真っ赤にして屈辱に耐えていた。
「まさか、医者と魔法使いを呼んだのはこの為だったとは……医者に痛み止めを処方させ、魔法使いには甲冑を着けている間自由に動ける魔法を掛けさせていたとは……」
大臣は溜め息を吐きながら今更ながらヒルデガルトの無謀さに呆れ返った。
ヒルデガルトは夢を見ていた。
夢だと判ったのは自分が十六の頃の姿になっている事に気付いたからだ。
心地良い風が渡る草原、ここは何処なのだろう?
結ってもいない黒髪が風になびき、その髪の隙間から空を飛ぶ小鳥を見ていた。
「田舎臭い小娘には、城などよりこのような場所が似合いであろう」
ふいに聞こえた声、それに黒髪の乙女はにっこりと笑い、答える。
「ええ、私、こういう場所が大好きですのよ。いつか一緒に来たいと思ってましたの……貴方様と」
金髪の青年は黒髪の乙女に、悲しいような、嬉しいような笑顔を向けている。
こんな表情を見せたのは初めてだ。未だかつて誰にも見せたことの無い心の在る表情。
「よくぞ余の願いを聞き届けてくれた。礼を云う。しかし……」
「私には解っているわ。貴方様は私と同じお墓に入ってくれない事。ただ王族の肩書きを捨てたかった事そして……」
その時、一陣の風吹いた。
乱れる髪を押さえているうちに彼の人は消えた。
「実は、私もエルヴィンも愛していてくださった事」
その言葉を言い終わらないうちに目覚め、余韻に浸る間もなく近くに居た者を呼びつけた。
「エルヴィンの、戴冠式の準備をせよ。今直ぐにじゃ」
彼女は、今まで以上に自分の体が疲弊し、弱っている事を感じていた。
……もうすぐ、妾の役目も終わりじゃ……
そう思い目を閉じると、この城に嫁いでから今までの事が嵐のように思い浮かんでは消えた。




