贖罪、そして慟哭
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エルヴィンは未だに目の前で起こった事を理解出来ずに、ただ立ち尽くしていた。
銀の冑からまろび出た銀の髪、そしてその顔はヒルデガルトのものに相違無い。
しかし、歩くのも困難な彼女が何故、重い甲冑を着け、剣まで振るうことが出来たのか。
そして、無惨にも斬り落とされたべリアルの首。
それは、余りにも安らかな顔をしていた。
死の恐怖どころか痛みさえ感じず、まるで愛しい人に抱かれているような、そんな安らかな顔で笑っていたのだ。
城の者達が気を失ったヒルデガルトに駆け寄り、べリアルの遺体を片づける間も、その目を見開き、微動だに出来なかったエルヴィンは、乾いた土に吸い込まれ、赤黒い染みを作ったべリアルの血を見てやっと叫んだ。
それは叫びと云うより慟哭。
恐怖と云うより悲しみ。
緑の宝玉のような眼からは涙がほとばしり、誰にぶつけていいのか判らぬ感情を腹の底から吐き出した。
― そうまでして、死にたかったのか? 父上 ―
べリアルの業を、罪を消すには、その若き日に戻らなければならないのだろう。
だからと云って死ぬのは“逃げ”になるのではないか?
そして、その役目をエルヴィンに課し、しかし、首斬ったのはヒルデガルトだ。
彼女は自分の為に手を汚したのだろうか?
それとも自らの恨みを晴らす為に?
混沌とした感情を吐き出し切った頃には、声も涙も枯れ、気力も失い、その場に膝を付き、死人のようになった目でべリアルの血の染みを見詰めていた。
「エルヴィンが泣いてる」
ミルラはジルの懐で息苦しそうに云う。
「もう、いいよ見ても、ミルラ」
ジルはミルラに斬首の瞬間を見せぬように、彼女の顔を懐で覆っていたのだ。
「エルヴィンの父様、死んでしまったの?」
「あの方は、不老不死の王だから……どうだろうね。確実にこの場で死んだのはあの方の“罪”なんだろう」
「じゃあ、何でエルヴィンは泣いてるの? ジルはいつも難しい事ばっかり云うから解らないわ」
ジルは再び愛しい人を懐に埋め、その髪を撫でた。
「エルヴィンは王様になれるんだよ。祝ってやらなきゃ。ヒルデガルト様の夢が叶うんだよ」
やがて国王崩御を報せる鐘が鳴り、その音は風に乗って遠くドワーフの村まで届いた。
事情を知らないドワーフ達は気にも留めずにいたが、ただ一人マルガレーテだけは糸紡ぎをしながら一粒の涙をこぼした。
「お母ちゃん、どうしたの?」それを見てマルゴが不思議そうに訊く。
「なんだろうね、鐘の音を聞いていたら不思議と涙が出て来たんだよ」
彼女は涙を拭うと、何事も無かったように糸紡ぎを続けた。




