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亡き友の為に



「べリアル王、お手合わせ願おうか」

 低く嗄れた声はグスタフだ。

 まるで重い長剣を柏の杖のように軽々と、それでいて重い太刀筋を持ちながら、老騎士はべリアルを追い詰めて行った。

 老人とは思えぬ物凄い気迫、否、老練された者だからこそ使いこなせる技と云うべきか。

 今にもどちらかの剣が折れるのではないか? と、誰もが思う。

 剣を拾い上げたエルヴィンは二人の騎士の間に入ることすら出来ずにいた。それは崖から転がり落ちる無数の巨岩の中へ入って行くのと同じ事。

「流石、元ヴェロア騎士団長だ。そなたが居れば何の犠牲も無く竜を仕留める事が出来たであろうに」

 グスタフの剣が止まった。

 長き年月、彼が気に病んでいた事をべリアルはいとも簡単に口にする。

 友が死んだのは、自分のせいだったのかも知れない。

 あの時自分が竜討伐に志願していれば……

 友がべリアルの奇行に付き合わされるのを阻止していれば……

 いっその事、自分も竜に焼かれてしまっていたなら……

 老騎士の目には、もう何も見えていない。

 あの日、あの時、友を見送った時の情景が繰り返し映し出されているだけだ。

「ローゼンマイヤー卿!」

 カミルが叫び、エルヴィンはべリアルの背後から剣をなぎ払う。

 しかし、それは気配に気付き、振り向いたべリアルの頬を撫で、赤い糸の様な細い傷を刻んだだけに終わった。

 が、空を切り裂く音がしたかと思うと次の瞬間、べリアルの胸から血がほとばしる。

 グスタフが我に返り、べリアルの胸を切り裂いたのだ。

 不老不死とて、怪我を負えば痛みを感じる。その痛みに耐えているのかべリアルは動かない。

 そして、何故かグスタフも動けずにいる。

 見ると、グスタフの甲冑の肩の部分にべリアルの剣がめり込んでいた。

 斬られはしていないが、相当な衝撃を受けた筈だ。

「グスタフ殿、ここは退かれよ、後は我々が……」カミルが案じて声を掛けるが、老騎士は立ち上がる。

 “べリアルと刺し違える覚悟でいるのだ……”年寄りの考えそうな事だ。しかし、彼が死ねば十二人の孫は泣くだろう。

 老い先短いとは云え、もっと安らかな最期を迎える気にはならぬのか? 寝台に横たわり、孫一人一人の頭を撫で、別れの言葉を云う安らかな最期を。

 しかし、そんな事は云っても訊かぬだろう。

「グスタフ殿、失礼致す」 

 カミルはグスタフの首の後ろをやおら手刀で叩く。その瞬間老騎士は地響きをさせ倒れた。

「誰ぞグスタフ殿を場外にお連れしろ。先程倒れたホルトも」

 グスタフはカミルを恨むだろう。仇討ちの機会を奪われたのだから。

「師匠、お叱りは後でゆっくりと受けます……私が生きていれば」

 

 エルヴィンは見ていた。斬られたべリアルの胸から血が引いて行くのを。

 今、攻撃すれば間違いなく勝てる。だが。

「小僧、何を見ておる。これとない勝機を逃すつもりか?」

 そう。このままだと深い傷は癒えてしまう。

 だから今なのだ。今しか無いのだ。

 それなのに何を戸惑う事があるのだ?

 やがてべリアルの傷は塞がり、破れた衣の隙間から滑らかな肌が覗くのみとなる。

「小僧、怖じ気づいたのか? それとも憐れみのつもりか?」

 ……どちらも違う。

 エルヴィンが口を開こうとすると既にべリアルは己の剣を振り上げていた。

 


 

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