寂しさと後悔と怒り
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荷も殆んどヴェロアの城の者達に売ってしまい、あのミルラの集めた花の鉢も無くなり、軽くなった筈の馬車を引く馬の歩みはそれなのに何故か重い。
後ろ髪をひかれる思い。しかし、振り返ってはいけない。ジルは城にまるで自分の心臓を置いて来てしまったかのような、心地の悪さを感じていた。
白い花が咲いているのを見て、思わず馬車を止め、思わず「ミルラ、あの花はどうだい?」と云ってしまった自分の滑稽さに笑い、そしてその押し殺したような笑い声はやがて嗚咽となる。
独りがこんなに寂しいものだとは。独りがこんなに恐ろしいものだとは。ミルラと旅をする以前の自分は孤独など何ともなかった筈だ。しかし、その頃の自分を思い出そうとしても思い出せない。
「ミルラ、幸せになれ。幸せになれ」
呪文のようなその呟きも嗚咽が混じり言葉にならない。止まらない涙で窒息しそうになった時、不意に人の気配がした。
「……ミルラ?」もしかしたら、自分を追いかけてきたのかもしれない。一瞬淡い期待を抱いたが、その気配は、あの黒髪の少女のものでは無かった。
「また会うたの。そなたとは余程縁があるらしい」
頭からすっぽりと襤褸を纏い、横柄な口調、それはあの時ミルラを助けた者、そして。
「やはり貴方だったんですね。ヴェロア王べリアル殿」
ジルが涙にまみれた顔を見せまいとうつ向きながらそう云うと、襤褸の奥の口許が嗤う。
「あの黒髪の娘はどうした? アズウェルの商人は娘も売るのか?」
いつものジルなら聞き流す様な軽口。しかし、それは涙に暮れた胸を射抜き、寂しさと後悔に火が付き、怒りに変じた。
腰の短剣に手を掛け、なんの躊躇もなく抜いたのだ。
勿論、自分に勝ち目が無いのは解っている。不死の王だ。あの時エルヴィンに心臓を刺されたと云うのに此処にこうして生きている。返り討ちにあうのが関の山だ。
それでも良いと思った。
このまま此処で殺されればもう未来永劫寂しさを感じなくて済む。
しかし、短剣を構え、突進するとべリアルはひらり、と身を躱した。
「これから城で面白きものが見れると云うに」
襤褸が外れ、露になった端正な顔が浮かべた笑みは邪なものに感じられた。




