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真実の王が眠る城  作者: 鮎川 了
Königin
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身代わり





「そなたは、歌も竪琴も出来ぬのだな。よくもまあ何ひとつ出来ぬくせに余に嫁いで来る気になったものだ」

 王子の放った冷たい言葉。十六歳のヒルデガルトは顔を真っ赤に染め、悲しみと怒りにうち震えた。

「お言葉ですが王子、わたくしは自ら望んでこの城へ来たわけではございません。貴方様の父王のたっての頼みで来たのです。それをなんと云う……」

 余りの怒りに呼吸が乱れ、言葉が続かない。ヒルデガルトはこの城に来た事も、この変わり者の王子に嫁いだ事も間違いだったのだ。と激しく後悔した。

「ならば親元へ戻るがよかろう。余は妃など要らぬ。特にこんな気ばかり強くて何も出来ぬ妻など要らぬ」

 王子の美しい顔は悪意に歪んでいた。何故、ここまで憎まれねばならないのか。


 相思相愛だった美しい婚約者を亡くし、王子は心を閉ざしていた。

 せめて亡くなった婚約者の姫君と同じ黒髪の乙女をと父王が使者を使って探し出したのがヒルデガルトだったのだ。

 しかし、それが王子の気に障ったらしく、王子は来る日も来る日もヒルデガルトに冷たくあたった。

 顔立ちこそ整ってはいるが、際立った美しさは無い田舎貴族の令嬢。元来の気の強さも災いして王子との心の溝は日に日に深く大きなものになって行く。


 そんなヒルデガルトを気の毒に思ったのか、彼女付きの侍女がある日こんな事を云う。

「王子様は心を病んでいるのです」

 そんな事はヒルデガルトにも解っていた。

 自分が、亡くなった元婚約者の身代りだと云うことも。余りに役不足ではあったが。

「私には王子の心の病を治せません。私は医者でも魔術師でもないのだから」

 鎧戸が開け放たれた窓からは森に縁取られた湖が見える。その湖面はまるで鏡のように穏やかなのに。 

「王子様は、婚約者である姫君を化け物にしてしまったのです」

 鏡の湖面が割れたような気がした。今、侍女は何と云った? 

 “化け物”?

 姫君は死んだのでは無かったのか。

 侍女の戯言か、只の噂か、もしそれが本当だとしても詳細を訊く気にはなれなかった。

「そのうち私も化け物になるのだわ」

 嫉妬すら覚えていた隣国の亡き姫君に、ヒルデガルトは何故か同情した。

 王子には姿の美しさとは相反する禍々しさが感じられたから。きっと、愛されようが愛されまいが、あの王子に関わった娘は不幸になるのだ。侍女の言葉をヒルデガルトはそう受け取った。“化け物”とはこの者の精一杯の比喩なのだ。と。 


 しかし、その侍女はあくる日城から消えた。 

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