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寝台の主



 次女や女官、手の空いている城の者達によってヒルデガルトの自室には鉢植えの花が運び込まれた。

「何事じゃ?」

 威厳のある冷たい声の主は寝台に横たわってはいるが、その眼光と声の張りは昔のままだ。

「ミルラ様から王妃様への贈り物です」

 女官がそう告げると、絹の寝具に埋もれていた老女は病の身とは思えぬ程の真っ直ぐな背筋の半身を起こす。

「ミルラが来ておるのか? 何をしておる。此処へ通せ」

 ほぼ白に近い銀髪、蒼白い顔、灰色の眼、その殆ど色みの無い彼女の顔が薄紅色に染まったが

「ミルラ様は旅の疲れでお休みになっております。それから、これはアズウェル王からのお手紙です」

 書簡を手渡しながら事も無げに云う女官のその言葉を聞いてまた無色の寒々とした顔に戻る。


 ヒルデガルトの心の臓が弱り、脚が萎え、歩く事が困難になってから一年が経とうとしていた。それでも彼女は寝台の上で国のまつりごとを取り仕切り、病に倒れる前と変わらない仕事をこなしていた。

「母上、少しお休みになった方が……」背の高い赤い髪の青年が云いよどむ。

 全ての仕事を取り上げれば、この誇り高い老婦人はみるみる弱って行くに違いない。国を治める事が命の源になっているのだろう。

「エルヴィンよ、そなた、ジルにうたのか?」

「会いました、しかし、なにやら疲れ切っていて私には気が付かない様子でした。ミルラも具合が悪いというし……」

 アズウェルに何かあったのか? と二人が思ってみるも、ハラドの手紙にはゆっくりとだがアズウェルが復興しつつある旨がしたためられており、ヴェロア王家と騎士団に感謝を表す言葉で締め括られていた。

「のう、エルヴィン、そなた妃をめとる気はないか?」

 ミルラとジルとアズウェルの事を心配しているのかと思っていたら突然そのような事を云われ、エルヴィンは混乱した。

「き……妃ですか? 私にはまだ早いと思いますが」

 思いもよらない話である。事実彼はまだ十七歳で結婚などと云うものを考える歳ではない。しかし、これはヒルデガルトの全くの思い付きなどではなく、深い意味が込められている言葉であることをエルヴィンは薄々気が付いていた。

 王が崩御、若しくは何らかの理由で王位を放棄した場合、城を納めている他の王族と大臣の審議により王位継承権一位の者が王位を継ぐ事が出来るが、それはあくまでもその者が成人しているか婚姻している場合である。

 つまり、

「妾は、生きているうちにそなたの晴れ姿を見たいのじゃ」

 消え入りそうな声だった。氷の女帝と呼ばれた彼女からは想像もつかぬほど。

「そんな弱気な事を云わないでください。私はまだまだ半人前です。母上から教わらなくてはならない事は山程在ります」

 ヴェロアの成人は十八歳。あと数ヶ月、それすら待てぬ程弱っていると云うのか。

 言い様の無い不安がエルヴィンを襲う。しかしそれは国を自分が治めると云う重圧ではなく、今此処にいるヒルデガルトが消えて無くなると云う恐怖。

「ミルラを妃にせぬか?」

 その一言は恐怖と不安の波を打ち消したが、新たな混乱がエルヴィンの胸を支配した。

「ミルラを?」

「妾の唯一の友じゃ、あの娘がそなたの妃になれば妾も嬉しく思う」

 ヒルデガルトはそう云うと絹の寝具を被って横になり、目を瞑る。

 取り残されたエルヴィンは窓から投げ込まれた月の光を受け止め、呆然とする他なかった。




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