混沌の夢
†
この数年で、他国で暮らしていたアズウェルの民がかなり戻って来た。
アズウェル王ハラドも悪い夢から覚めたようにアズウェル再建へ心血を注いでいる。
その事がしたためられているアズウェル王からの書簡を届ける為にジルはヴェロアへ向かっている。
しかし、ジルとミルラはあれから会話らしい会話もせず、ひたすら馬車に揺られ続けていたので、ヴェロア城につく頃にはミルラは馬車に酔っていた。数年間、旅をしていて馬車に酔った事など一度も無かったのにジルの苦しげな雰囲気を察し、何も語れずにいたのだ。沈黙の重さがのし掛かりジルが気付いた時には彼女はすっかりぐったりしていた。
「ミルラ?」
呼び掛けても蒼白の顔を僅かに向けるだけで、返事をする余裕もなさそうだ。
ジルは、余計な事を口走った我が身の愚かさを呪う。
あんな事を云わねば、彼女は子供のようにはしゃぎ、思うままを口にしてヴェロア城への到着を喜んだだろうに。
「城に着いたら、少し休ませてもらおう。何、馬車酔いなんてすぐに治るさ」
そう優しく語りかけてもミルラは返事をしない。
死んでしまったのか? と、心配して顔を覗き込むと、眉間に皺を寄せ体の不調と戦っている様子が見てとれた。
固く閉じられた瞼の端に光るものは涙なのだろう。しかしそれは馬車酔いの苦しさだけでなく、別離を悲しむ涙でもあるのだろう。
馬車がヴェロアの城門の跳ね橋を渡ったのも知らずに、ミルラは夢を見ていた。
混沌とした苦しい夢ではあったが、ジルの顔が繰返し浮かぶ。
あの、初めて会った時、飲ませてくれた蜂蜜湯の甘さと優しい笑顔。
すがる者が彼しか居なかったから慕っているのか、それとも違う理由が在るのか。
渦の中でさ迷うように夢と思考が渦を巻き、眠っている事さえ苦しくなって目覚めると、見覚えのある部屋の天井と、ジルの顔が見えた。
「ヴェロア城に着いたからね。まだ少し眠っていた方がいい」
眠っているうちに、ジルが自分を置いて行ってしまったら……と思うと気が気では無い。しかし。
「大丈夫、何処にも行かない。だから眠るんだ」その言葉を聞いた途端、魔法でもかけられたかのように深い眠りに落ちた。




