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ミルラの決心



 エルヴィンが己の生きるべき道を見定め、マルガレーテが我が子の背負う業を悟っても、未だ自分の罪に翻弄されている者があった。

 その者は熱にうかされたような目をしていたが、顔色は蒼白く、まるで雪原を素足で歩き続けているように震えながらふらふらと城の回廊を歩いていて、ふいに開け放している扉の前で足を止めた。

 其処には商人・ジルがいて旅の仕度をしている。

「ジル、行っちゃうの?」

 思わず声をかけるとジルは顔を上げ、驚いた表情をした。

「ミルラ? どうしたんだい? 病でも患ってしまったのかい?」

 そう、ミルラはエルヴィンの母を刺したあの日から、悪夢に苛まれ心の病を患っていた。それは眠っている時は勿論、起きている時でさえ彼女を責め、苦しめる厄介な悪夢だったのだ。

 思わず、自分の恩人の姿を見付け、声を掛けてしまった彼女だったが、その後の言葉をなかなか紡げないでいたのをジルがそれを気遣ってか、話し始めた。

「商売もあるしね、いつまでもこの城に厄介になってる訳にはいかないよ。それに」

「それに?」

「僕のように旅をしたり、外国に住んでいるアズウェルの民は意外と多いと思うんだ、その人達にアズウェル再建の話を持ち掛けてみようかな……と思って」

 それを聞いて一瞬、ミルラの脳裏には干からびた死の街の光景が甦ったが、“再建”の言葉が一筋の光を放っている事に気付き、病んで凍った心が少々ばかり暖かくなるのを感じた。

「ジル、私も連れて行って」

 それはミルラ自身も予想していなかった言葉。自分の意思とは関係無く無意識のうちに心の中で紡がれ、口から飛び出して来た言葉。だが、云ってからミルラはそれこそが自分の本心なのだ。と気付いた。

 “この城から出て行きたい”と。

 それは自分のとがから逃げ出す為。

「ミルラ……君は小さいとは云え女の子だ。血の繋がらない男となんて旅をするものじゃないよ」

「何故?」問われてジルがどう説明しようか考えを廻らせる。しかしミルラの考えはもう揺るぎないものになったようで強い意思を感じるような声で「血なら繋がってるわ、私達同じアズウェルの民だもの」などと言い出した。

 ジルは微笑みながらも深い深い溜め息をつき、一点の曇りもない小さな黒曜石の瞳を見詰めていた。




 

 


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