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どちらかの人生




 ロイヒ卿の葬儀も終わり、城では徐々に騎士達も其々の生活に戻りつつあった。年老いた者達は以前の好好爺に戻ったし若い者達は何事も無かったようにふざけあっていた。

 しかし、何もかもが元に戻ったと云うよりは意図してそう振る舞っているように思える。

 呪われた城の運命を案じ、いつ来るか解らぬ脅威に怯えているようなそんな重暗い空気がいつも何処かに漂っていたのだ。

 無論、あの“竜の血”と“竜の涙”その二つの宝玉がどれ程の威力を持っているか、身を以て体感した彼等だが、長い年月を経て、禍々しい“災いを為すもの”の事も人々の記憶から消え去り、宝玉も美しさ以外は何の価値も無い只の宝飾品として手離す王族も居るかもしれぬ。

 守りを失った王国は、あの邪悪な亡者に容易く滅ぼされるだろう。そんな気の遠くなる不安を心の奥底へ仕舞い込み、敢えてその在処を忘れる為に。

 しかし、もしも、その記憶を持ったまま何百年も生き続け、来るべき日に国を守り導く事が出来たなら。

 そんな人間が一人でもいたとしたら。


 エルヴィンは袖をたくしあげ、露になった腕に短剣で一筋の線を引いた。その線からはみるみる内に血が滲み、その血が珠になる様をじっと見ていた。

 見ていても、何の変化も現れない。

 あの化け物の様に損なわれた身体が直ぐに再生する訳ではないらしい。

 カミルに腕を斬られた時、気付いたのは翌朝だった。いつ元通りに治ったのか見当もつかない。化け物に肩を噛み砕かれた時はどうだったか? あの時、とても長い間傷みに耐えていた気がした。その傷みで意識が朦朧となり、再び気付いた時、傷みは消えていた。

 竜の血の効力はどれ程のものなのかエルヴィンは知りたくて仕方が無かった。傷の治り具合などよりも先ずは自分がべリアルの様に不老不死の者なのか、そうではないのかを知りたかったのだ。

 染みるような傷の傷みは頭を冴えさせたが、これと云う確証は何も掴めないでいると、部屋の扉を叩く者がある。

「エルヴィン様、王妃様がお呼びです」

 分厚い扉の向こうから聞こえて来たのはヒルデガルト付きの侍女の声だ。

 夜も更けたと云うのに、何の用か?  と、傷口を適当な布で覆うと袖を下げ、居住まいを正して部屋を出た。

 

「母上、エルヴィンです」

ヒルデガルトの部屋の前に立ち、そう云うと直ぐに扉は開いた。

 無機質な、まるで氷の塊で設えたような部屋。その主は手ずから扉を開け、エルヴィンを招き入れると銀狐の毛皮が敷かれた腰掛けに座らせた。

「エルヴィンよ、そなたに決めて欲しい事がある」ヒルデガルトはそう云いながら冷たい灰色の瞳で見下ろす。

「決める? 何を、でしょうか?」

 所在無く銀狐の毛皮を撫で、弄んでいると、暖炉の奥から何やら音がした。何故このような所から音が? と、不安に駆られたエルヴィンは素早く暖炉とヒルデガルトの間に立ち、腰の短剣に手を掛けた。

 しかし、暖炉の奥の板が外れ、出てきた者の顔を見て言葉を失った。

 それは小さな女。

 自分と同じ色の髪、同じ色の瞳を持つ、実の母。マルガレーテだったからだ。

「母ちゃん、何で此処に?」

 しかし、彼女の緑の瞳はエルヴィンを見ずに自分の足元ばかりを見ていた。

「この者が何故此処に居るのか、それは説明するのが面倒じゃ、なので本題に入るがエルヴィン、村へ帰りたいか?」

 母との再会より、ヒルデガルトのその言葉の方が驚いた。今更何を云うのだ。自分が村へ戻ってしまったら、この城の世継ぎはどうなるのだ? それとも王妃は何かを試しているのか? 

 エルヴィンはそんな事を考え、答えに迷って居ると、ヒルデガルトは尚も云う。

「城の事など考えずともよい。妾はそなた本人の気持ちを訊いておるのじゃ」

 自分の気持ち。此所まで来てそんなものが尊重されるとは。しかし考えてみれば、ヒルデガルトはいつだって無理を強いて来たわけではない。ドワーフの村からだって拐われて来た訳ではないし、アズウェルへ行ったのもむしろエルヴィン本人が志願したのだ。しかし。

 それは自分の一存で決めてしまって良いのだろうか? それこそ王妃の厳粛な命令により決められる事ではないのか。エルヴィンがそのように混乱する胸の内を整理出来ないで居ると、それまで押し黙っていたマルガレーテが口を開いた。


 


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