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賭け




 ヒルデガルトは一人自室の窓辺に居た。虫除けの香は既に燃え尽きてはいたが、焦げ臭い厭な匂いが鼻につく。

 エルヴィンの云った言葉を反芻し、もし、それが本当なら今さら何を変えれば良いと云うのだろう? と、苦々しく思った。

 出来れば、それはここに嫁いで来たばかりの不安に震えていた若き日に聞きたかった言葉だ。

 商人の差し出した石を掲げるとそれは月光を透かし、ヒルデガルトの無機質な部屋を海の底のような色に染め上げていた。

「ああ、何処かで見た色だと思ったら」べリアルの瞳の色と同じだ。と、云おうとして口ごもる。

「マルガレーテ」誰も居ないはずのその部屋でそう呼ぶと、暖炉の奥の板が外れ、小さい女が顔を出した。

 マルガレーテはこの隠し部屋に匿われていたのである。“部屋”と云うよりは物置のような狭い空間ではあるが、それでもドワーフの女の寝台とするには丁度良い。まだ暖を取る程の気候でもなかった故、お節介な侍女や女官が火をくべて蒸されて死ぬ心配も無かった。

 彼女は少しやつれてはいるが、傷も塞がり、動ける様になっていた。

「さて、そなたをどう処分するか……」

 マルガレーテはヒルデガルトのその言葉を聞くや、心なしか晴れやかな顔をした。理由はどうあれ城に忍び込み、王妃を襲うとは重罪である。普通ならば処刑されてもおかしくはない。なのに、彼女は重い荷物から解放されたような、捕らわれた小鳥が空に放たれたような、晴れやかな顔をしたのだ。

「やっと、楽になれるのですね? ありがとうございます」

「早合点するでない。死刑ばかりが刑ではないわ。それにわざわざあやめる人間を介抱したりはせぬ」

 ヒルデガルトの云う事ももっともだ。しかし、それなら彼女をどうする気なのか、皆目見当も付かない。


 傷が癒えるにつれ、気持ちが落ち着いて来たマルガレーテは、エルヴィンの帰還を知り、一目会いたくて仕方が無かった。

 出来るものならそのまま村へ連れて帰りたい。あの、静かで幸せな時を取り戻したい。そんな叶う訳の無い願いを持っていた。

 新しい夫も、その間にもうけた赤子も、エルヴィンの代わりにはならない。

 無論、マルガレーテには大切な夫と赤子には変わり無い。しかし、失った今となってはエルヴィンと過ごした年月が宝石の様に煌めき、価値のある物のように思えて仕方が無いのだ。そう、先程から王妃が眺めている青い石の様に。


「マルガレーテ、エルヴィンは城とそなたとどちらを選ぶと思う?」急にヒルデガルトが訊く。

 マルガレーテが答え倦ねていると、こんな事を云い出した。

「もし、あの子がそなたと村へ帰る事を望めば、妾は跡継ぎの事を諦めよう」

 それはヴェロア王家の消滅を意味する。

「そんな……」勿論、マルガレーテにとっては喜ばしい話だが、もしエルヴィンが自分を選べばこの城は滅ぶのだ。その大き過ぎる呵責を感じながら生きるのも辛く苦しいものに違いない。

 それでも、マルガレーテにはその賭けがこの世に残された唯一の希望の様に思えた。


 

  

 

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