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真意




 エルヴィンとべリアルがそんな問答をしていると、青い石―竜の涙―に忍び寄る者がいた。アズウェル王だ。

 彼は石を拾い上げると、事もあろうに窓の外へ向かって放り投げた。

「王! なんという事を!」

 それにいち早く気付いたのはジルで、青い石を追い掛け、宮殿の外へ走り出た。

 封魔の守りがなくなった事により、サヴラは身体の自由を取り戻しつつあった。

「姉上、覚えておいでですか? 弟のハラドです」

 アズウェル王はサヴラの老いた身体にすがり付き、そう呼び掛けていた。

「アズウェル王、もう、それは以前のサヴラ王女ではない。アズウェルの民を殺した化け物ぞ」

 べリアルが云うが、アズウェル王はかぶりを振り、短剣を構えるべリアルからサヴラを庇っていた。

「例えどんな悪しき化け物に変わろうと、これは余の姉上じゃ! 幼き頃、愛しき姉上に突然死なれ、余がどんなに寂しく悲しかったか、そなたらは知らぬだろう!」

 滑稽この上ない。アズウェル王は幼き男児のように声を上げて泣き出した。顎に蓄えた権力の象徴の如き白い髭が涙に濡れ、威厳などは微塵も残らず消え去った。

 ヴェロアの騎士達も人の子、死んだ最愛の肉親との再会、そしてそれが再び葬り去られるやるせなさ。想像するに余りある。しかし、そんなアズウェル王をサヴラは、鋭い牙で喰らおうとしているではないか。

 こんな姿になったと云うに、それでも慕っている弟を喰らうとは。エルヴィンは怒りに震え、べリアルから腕輪をもぎ取り、そして浅ましき異形の老婆に短剣を突き刺した。

 先程の化け物の姿の時とは違い、その皮膚は柔らかく、するりと剣を受け入れる。焦げ臭いような匂いと共に傷口から煙りが立ち上ぼり、老婆は火に包まれた。

「おのれ、べリアルよ、またしても妾を愚弄しおって。いつの日か必ずやそなたを喰ろうてやる……ヴェロアに災いあれ」

 燃え尽きる寸前、サヴラは呪いの言葉を吐いた。これで終わりではない。これが始まりなのだ。

 それを悟ったエルヴィンはがっくりと膝を付き、気の遠くなるような絶望を噛み締めた。

「あの時とどめを刺しておれば、サヴラを永遠に葬り去る事が出来たと云うに。青い石と赤い石の二つの力を持ってして倒さなければ奴は何百年掛けてでも必ず復活する。あの言葉の通り、いつの日か復活してヴェロアとアズウェルに災いを為す事となろう」

 べリアルの言葉を聞きながら、エルヴィンはゆっくりと立ち上がる。次の瞬間、べリアルは口から赤い液体を吐いていた。

 刺したのだ。べリアルを。エルヴィンのその目は今まで誰も見た事が無いような激しい怒りと恨みに燃えた目だった。

「何故、貴方が殺してやらなかった? 何故、あの者のたったひとつの人としての願い、聞いてやらなかったのだ?」

「刺しても余は死なぬぞ。無駄な事を……」

「解っている。解っているからこそ刺したんだ! 死ぬことは無くても痛みは感じるだろう。サヴラと同じ痛みを、俺と母さんと母上の心の痛みを思い知れ!」

 べリアルはそれを聞き、血を吐きながらも少しばかり驚いた顔をした後、楽しそうな笑みを浮かべた。無論、痛みで少しばかり歪んではいたが。

「エルヴィン! “竜の涙”を探して来たぞ! これで早くサヴラを……」

 青い石を掲げ戻って来たジルは先程とは違う様子を見て絶句する。

「エルヴィンと申すか、小僧」ジルの手にした青い石を指差し、べリアルは云う。

「ヴェロアの……田舎臭い小娘に、あの石を渡してやってくれ、あれさえあれば結界などなくとも安全だと」 

「小娘?」一瞬、べリアルが誰の事を云っているのか、エルヴィンは解らなかった。

「そなたが似ている云う、あいつだ……」

 エルヴィンは心臓を掴まれたような気がした。

 この王が城を出た訳、そして、サヴラを手に掛けなかった訳を朧ながらに確信してしまったのだ。

「さて、思いのほか深手負わせよって……傷が癒えるまで暫し此処で眠らせて貰うとしよう。そなた達はヴェロアに帰るが良い」

 べリアルはそのまま死んだように眠ってしまった。

 本当に死んでしまったのかと思える程に。

「父上……」

 そうエルヴィンの漏らした言葉も聞こえていなかったに違いない。



 

 

 

 

 

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