問い
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「何をしておる。早くとどめを刺せと申したであろう。ぐずぐずしているとまた怪物に変化してしまうぞ」
襤褸を纏った者は、枯れ枝のような老婆を前に逡巡する騎士達を再度急かす。
「べリアル王……?」
ふと、グスタフが呟くと、彼は頭から被っていた布を外し、顔を露にした。
するとどうだろう? 薄汚れた身なりとは相反して、輝くような見目麗しい若き男の顔が現れた。
その場に居た全員が息を飲む。
悪名高きべリアル王。どれ程の悪人面かと思えば、天使のような
顔立ちではないか。
「グスタフか、暫く見ぬうちにすっかり爺になりおって」
「相変わらずですな、べリアル王」
エルヴィンはと云えば、怪物に噛み砕かれた肩から胸の痛みが酷いらしく、朦朧としている。そんなエルヴィンにべリアルは近寄り、やおら乱暴に抱き起こした。
「小僧、寝ている場合ではない。そなたの仕事、まだ残っておる。その腕輪を嵌めた手で剣を持ち、一突きすれば、竜の涙で全ての魔力が消え去ったそこな老婆は塵芥となる」
深手を負った実の子に、なんと云う無茶を云うのだろう?と、誰もが思った。やはり、この王は人の心が欠けている。と。
しかし、エルヴィンは立ち上がり短剣を手にした。見るとほぼ半身から流れていた血が止まっている。それどころか、破れた衣から覗く肌はかすり傷すら見当たらない。
「やはりそなたが余の息子か。成る程、竜の血の効果を受け継いだようだな」
初めて会った実の父だと云うのに、エルヴィンは表情ひとつ変えず、腕輪を外すとべリアルに渡し、こう云った。
「とどめは、貴方様が刺して下さい。俺はサヴラ王女に約束した。例え何十年掛かっても、望むものを差し出すと。たとえ人の心を持たぬ悪しき者にでも約束は守らなくては」
べリアルの高笑いが大理石にこだまする。
「そなたは余に全く似ておらんな、あの赤毛のドワーフの母に似たのか?」
べリアルが、母の事を名ではなく“赤毛のドワーフ”と呼んだのにエルヴィンは内心腹を立てた。
ほんのひとときでも愛し合う夫婦から生まれた子では無いのかと悲しくなった。
しかし、今は腹を立てたり泣いたりしている場合ではない。
「俺が誰かに似ているとするならば、貴方でもなく実の母でもありません」
「ほう、では誰に似ておると?」
エルヴィンはそれには答えず、べリアルに腕輪を嵌め、短剣を握らせた。
「それは全て終わってからお答えしましょう」




