乙女の死の真実
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短剣から手に、そして腕へ、胸に、化け物の紫色の血が流れ混んで来ると同時にエルヴィンの気は遠くなる。
意識が暗転し再び気付いた時はエルヴィンはエルヴィンでなくなっていた。
否、エルヴィンの意識そのものが別の人間の中に入ってしまった。そんな感覚だった。
眼の前には金髪の美しい乙女がいる。しかし何故この乙女は男の様な装束を身に纏っているのか。エルヴィンが不思議に思っているとやがて、この者は乙女ではなく美しい青年である事に気付いた。そして、この身体の主はその青年に多大なる愛情を注いでいる。胸の奥の熱さと痛みがそれを証明した。
しかし、青年は悪しき野望の持ち主であった。
自分と恋人の永遠の若さと美しさを保つ為、不老不死の妙薬を手に入れようとしていたのだ。
不老不死の妙薬は五千年生きた竜の血。いくら武術に長けた者とは云え、竜に敵う筈がない。
身体の主は愛しき人の身を案じ、そしてまた、青年は自分の若さと美しさだけを愛しているのかと哀しみに暮れた。
なんとか、思い留まらせる事は出来まいか? と、思案し、思い付いた事は自分の命を絶つ事だった。
既に死んだ者に竜の血は飲めぬ。それに自分が死ねば、どんなに愚かで無謀な事をしようとしているのか、青年は気付いてくれる筈。
身体の主はせめて苦しまず美しく死ねるようにと、人を使い毒人参の根を探させる。
勿論、自分が飲むと云えば誰もそんな役目は引き受けない。
「可愛がっている貂が、悪い病気に罹り、苦しんでいて可哀想なのです。治る見込みがあればどんな事をしてでも治してやりたいのですが、もう死を待つだけの病との事で、いっその事眠る様に穏やかに死なせてやりたいのです」
これを聞くと数人の使用人が
「我が姫様はまことにおやさしい。小さな獣の病をも憂うとは。その願い、何とか叶えて差し上げましょう」等と云い、こぞって毒人参を手に入れに出掛けた。
エルヴィンはこの身体の主が、若き日のサヴラ王女だということに気付いていたが、彼女は“流行り病”で亡くなった筈。しかし、彼女は自ら毒を飲んで死のうとしている。
自害と云うのはあまりにも体裁が悪いが故、当時の王が“病死”としたのか。しかし、それではサヴラのべリアルへの想いは伝わらない。
伝わらぬまま死に、死んだと云うのに竜の血を飲まされて化け物になったのか。
サヴラが化け物に変化した時は己の意志ではどうする事も出来ないと云っていた。だからエルヴィンは人の形を取っている時の彼女と化け物は全く別の者と思っていた。が、
「どちらも貴女だったんですね」
たおやかで心優しい美姫も、醜く邪悪な異形の化け物も、死してから飲まされた竜の血の効果で光と闇の精神が増幅し、具現化したものに相違ない。
「だから、殺せと申しましたのに、あの方は私を殺してくださらなかった……」
サヴラの声が聞こえる。
それは美しく優しい声でありながら、どこか恨みと怒りに震えているような響きを持っていた。




