紅い絹の帯
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血の匂いがした。
生臭いその匂いは、誰かが深い傷を負った事を知らせている。
どちらだ? カミルか? ジルか? それともあの怪物か?
再び咆哮。しかしその声は先程の雄叫びとは様子が違う。
身体の痛みがほんの少し引き、感覚が戻って来たエルヴィンは、やっとの思いで二人の若者の方を向いた。
そこには、紫の血を斬られた前肢から滴らせ、恨めし気に唸り声を上げている化け物、そしてそれの斬り落とされた前肢の先がジルの前に転がっていた。
カミルは次の一撃を繰り出そうと、既に直り、紫の液体にまみれた剣を構えている。
次は目か? それとももう片方の前肢か?
カミルが間合いを計っていると、ふいに、怪物の斬られた片腕の断面が盛り上がった。
それは、みるみる大きくなり、元の前肢よりも巨大な黒い肉の塊になった。
やがてその肉の塊は、前肢の形に変化して行ったが、何か掴んでいる様に見える。
まるで獣が獲物のはらわたを貪り喰うような、湿り気を帯びた肉の、変型する音が響き、やがて化け物の再生した前肢に掴まえられていたものが、形になってきた。
それは大きさからして人間、それも大柄な男の身体の様な大きさと形。
厭な予感がする。
この化け物は何をしようとしているのか。この、肉の塊は何なのか。
化け物が変化し終えた肉塊を高々と掲げると、それを見たカミルは、気でも狂ったかのように泣き叫んだ。
「おのれ化け物! ロイヒ卿に何をした?」
それは甲冑を身に纏った騎士だ。
エルヴィンも見覚えのある顔だった。何度か会話をした事もある。
「ロイヒ卿?」
しかし、何故彼が此処に? グスタフ率いる援軍に加わっている筈の彼が。
ロイヒ卿は化け物に首を掴まれ、口からは血が紅い絹の帯のように甲冑の裾までを染め抜いていた。




