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苦悩の皺




 其処は“死”の匂いが立ち込めていた。

 何もかもが、死者の魂ですら干からびておよそ水気を含む物が見当たらない。乾いた風が吹き、一株の雑草ですら見当たらなかった。

 老練されたグスタフでさえこの有り様に絶句し、若いホルトに至っては、己れの魂が抜かれたように青ざめた顔でアズウェルの城下街を凝視している。

 ここで、あの幼いミルラが生き延びたのは奇跡に等しい。どんな思いで朽ちて行くこの街を見ていたのかと思うと、流石の屈強な騎士達も甲冑に覆われた胸の、さらに奥深くが痛く苦しくなった。

 しかし、感傷に浸っている時間は無い。

 こうしている間もカミル、ジル、エルヴィンの三人は生死を分かつ試練に直面しているに違いない。

「早く、アズウェル城へ!」

 グスタフがそう叫び、馬を走らせた時だった。

 悲鳴が聞こえた。

 それは後方の騎士のものである事は直ぐに解った。

「どうした?」

 そう問うも、悲鳴の主の返事は無い。

 人数を数えると一人減っている。

「グスタフ隊長! ロイヒ卿が居ません!」

 ホルトが蒼白の顔面を更に蒼くして叫ぶ。

 ロイヒ卿と云えば、中堅の騎士だ。騎士道を重んじるその性格からして無闇に悲鳴を上げる筈が無い。

 そして、この場に居ない。それは何者かがロイヒ卿を連れ去ったとしか考えられなかった。

 勿論、此処の余りの異様さに怖じ気づき、逃げ出したと云う事も他の若い騎士なら考えられなくもない。

 しかし、ロイヒに限ってそのような、ヴェロア騎士団の名折れとなる事はする筈が無い。

「三名程此処に残ってロイヒ卿の捜索をせよ。後の者は儂に続け!」

 そうだ、時間が無い。

 これが最善の方法だ。

 干からびた砂埃の乾いた匂いに混じって微かに血の匂いする。

「許せ、ロイヒ」

 老騎士の顔にまた、深い苦悩の皺が刻まれた。





  

  


 

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