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母の追憶





 エルヴィンの腕を見て、マルガレーテは深い溜め息をいた。

 無論、生まれてから今まで身体に傷を付けた事が無かった訳ではない。ただ、ドワーフだろうが人間だろうが男の子供と云うものは生傷が絶えないものだ。いちいち何処の傷がいつ治ったかなど覚えていられない。

「兎に角、ヒルデガルト様が帰ってからで良かったよ」 

 そう云ってはみたものの、一抹の不安は拭いきれない。

「母ちゃん、俺どうなっちゃうの?他所へ行くなんて厭だよ」

 自分よりも背丈のある息子がべそをかいている。頭を撫でるのさえも大変になって来た。

「エルヴィン、男の子は泣いちゃいけないよ」

「でも……」

 大きくても、まだ子供だ。あどけない顔の両の目には今にも溢れそうに涙が溜まっていて、緑の瞳を潤ませている。

「お前の父さんはね」 

 ふいに、マルガレーテは云った。今まで父親の話などした事は無かったのに。

「父さん?」

 聞きたくない。と、エルヴィンは思った。聞けば今までとこれからの幸せが壊れてしまう。そう確信した。

「美しい人間ひとだった」

 マルガレーテの眼は遠くを見詰めているようだった。壁を見透かし、その遥かむこう。此処には無い光景を彼女は見ていた。  

「その人を見た時、生まれて初めて自分がドワーフである事を恥じたよ。何故人間に生まれて来なかったのだろう?と」

 ドワーフはドワーフである事を誇りとする。それは老若男女関係なく。それなのに信じがたい母の言葉。

「でも、母ちゃんは村一番の美人だ」

 どう云って良いか解らず、村の皆が云っている事をそのまま口にした。勿論エルヴィンもそう思っている。

 母は寂しい笑みを浮かべて息子を見る。そう、寂しげな顔でさえこんなに優しく美しいのに。

「でもね、その人は」

「何?」 

「呪われていたんだよ」

 “呪われていた”その言葉を聞いた途端、ざらりと冷たいものに首筋を撫でられたような気がした。

 呪われていた?

 何に?

 どのように?

 頭の中が混乱する。

「呪われていたから美しかったのかもね」

 エルヴィンは母の言葉の意味を何も解らないのに、彼女はその一言で全てを完結させた。

「母ちゃん……」

 もう涙は止まった。否、涙も出ない程に強く重い不安がエルヴィンを襲った。

 自分は何者なのか?

 呪われた父は今どうしているのか? 

 失踪した王こそが自分の父なのか?

 

 家の外で村の子供達がエルヴィンを呼ぶ声がする。

「行っておいで」

 もう母の顔からは寂しげな影は消え、いつもの明るく元気な母に戻っていた。

 

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